通なお話 山美本「平家物語」 WEB版興福寺豆書状

 

通なお話

平安から鎌倉に移り変わる激動の時代に起きた大事件「奈良炎上」。
この時を生きた人たちのことば(古文)を通して歴史の理解を深め、かたち(仏像)を通してその心へ思いをはせてみましょう。

ことば かたち

 

昔の人の言葉ってどんなだろう?
時は1180(治承4)年。権力を欲しいままにしていた平清盛ひきいる平家と源頼朝ひきいる源氏がぶつかって、「源平の合戦」が始まった!
この時、奈良にあった古い寺院・興福寺は源氏に味方したため、平家に攻撃され、全焼してしまったんだ。
それまで500年も大事にしてきた仏像、お堂、お経。
みんな焼けてなくなってしまった。
この大ニュース、当時の人はどう思ったんだろうか?
800年前にタイムスリップして、平安・鎌倉時代の文を読んでみよう!

 

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし たけき者もつひには滅びぬ ひとえに風の前の塵におなじ −『平家物語』冒頭

【意味】
祇園精舎の鐘の音は、どんなことも変化する、ということをあらわしている。
沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いがある人でも必ずおとろえる、ということをあらわしている。
得意になっている人も、えらい人も、最期には滅んでしまう。はかなくて、もろいものなんだ。

【解説】
『平家物語』は、トップにいた平家が源氏に負けて滅んでいく一部始終を書いたもの。物語の始めでは、そのはかなさを鐘の音や花の色にたとえているんだ。

 

煙は中天にみちみち、ほのをは虚空にひまもなし。 まのあたりに見たてまつる物、さらにまなこをあてず。 はるかにつたへ聞く人は、肝たましひを失へり。 −『平家物語』巻五 奈良炎上

【意味】
興福寺を焼いた煙は空にみちて、炎があたり一面をつつんでいた。
目に見えるあらゆるものが、とても見ていられないくらいひどいありさまとなってしまった。
このニュースを聞いた人たちは、気を失うくらいはげしいショックをうけた。

【解説】
『平家物語』には、興福寺が平家に攻められて、たくさんの人々、仏像、お経が焼かれていく場面も書いてある。その様子はまさに地獄!
このせいで興福寺はあとかたもなくなってしまったんだ。

 

悪運の時に当たり、破滅の期を顕すか。誠にこれ時運の然らしむる事と雖も、当時の悲哀、父母を喪うより甚し。 −九条兼実『玉葉』治承四年十二月二十九日

【意味】
運が悪い時代にあたって、ついに破滅するときになったか。こんな出来事にあうなんて、時の運だからしょうがないけれど、お父さんやお母さんを失うよりもずっと悲しい。

【解説】
一族のお寺として興福寺をとても大切に思っていた九条兼実は、このとき31才。事件の次の日にニュースを聞いて、その気持ちを日記に書いている。1ヶ月後、興福寺で修行をしていた3才年下の弟・信円が、興福寺復興(立て直すこと)の責任者になったんだ。

 

傷ましいかな、親しく語を交えし芝蘭(しらん)の友、息止りぬれば遠く送る。哀しいかな、まさしく契りを結びし断金(だんきん)の■(むつび)、魂去りぬれば独り悲しむ(中略)。すこぶる残るところは筆を染めし跡、たまたま呼ぶところは主を失える名のみなり。 −貞慶『愚迷発心集』

【意味】
なんて心が痛むんだろう。仲良くおしゃべりした友だちの息が止まり、遠くへ行ってしまうのを見送るのは。なんて悲しいんだろう。かたい友情を誓った友だちの魂が去り、ひとり残されるのは。人が死んで後に残るのは、手紙などその人の跡でしかない。時折その名前を呼んでみても、その人はもういない。

【解説】
事件の時、興福寺のお坊さんだった貞慶さんは26才。その後、59才で亡くなるまで、興福寺を立て直すために大活躍したんだ。つらい時も「錬磨自心、勇猛不退(自分の心を磨いて勇気を出し、どんな困難があっても退かない)」と思ってがんばったのかもしれない。

 

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