学芸員の旅日記

 

11/25: 秋山図

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
今日、思い立って「秋山図(しゅうざんず)」を読み返した。「秋山図」は芥川龍之介の後期の短編小説である。僕はたぶん十六、七歳の頃初めて読んだ。その時から数えて今回は三、四回目に当たるだろうか。今までは何回読んでも「はっきりしない小説」という印象しかなかった。今日読んでみたら、いちおう意味は分かった。意味は分かったが、芥川の短編としてはややヘタクソな作だという気もした。やはり筋が少し分かりにくい。こんな話である。
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清朝の画家・王時敏は若い頃、黄公望という元時代の大画家の幻の名画「秋山図」を見た。そのあまりの素晴らしさに、王時敏は何とかして「秋山図」を所蔵家の張氏から買い求めようとしたが、張氏はなんとしても絵を手放そうとはしなかった。五十年後、もはや老翁となった王時敏は、ある人物が代が替わった張氏から黄公望の「秋山図」を入手したという噂を聞きつける。早速その絵を見に行った王時敏が目にしたのは、黄公望の傑作ではあるものの、自分が五十年前に見た「秋山図」と同じものとは思えない絵であった。同じ「秋山図」の筈なのだが・・・
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この小説は、「絵を見る」という経験の一回性みたいなことを主題としている。同じ人間が同じ絵を見るにしても、その経験は一回一回が独立のものだということである。それはその通りだ。「絵を見る」という経験は「絵を見ている」そのときに限って成立しており、同じ経験はもう二度とは生じ得ない。
僕は雪舟に関しては「見るのが商売」になってしまっていて、むしろ雪舟の絵を純粋には見にくくなっている。論文の材料を探すという、クダラナイ見方で絵に接することも少なくない。もったいないことだ。会期も残りわずかになってきた。もう「商売」の事は忘れて、できるだけぼんやりと絵を見ることにしよう。
11:37:13 PM 更新

11/21: 人の慰め

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
「人を慰めることは、映画に与えられた任務のうちもっとも栄誉あるものである」というような意味のことを、映画監督の伊丹万作が言っておられたそうである。
鬱々としてたのしまないとき、絵を見て自分を慰める人はどのくらいあるだろうか。僕の場合は、自分を慰める手段としてはアルコールに代表されるリーガル・ドラッグを用いることがいちばん多い。酒を飲みながら本を読むことが、僕にとっての自分を慰める最良の方法である。
正直なところ、今現在の僕は落ち込んだときに雪舟の画集を開いて自分の慰めにすることはない。ただし、これも年齢によって変わるだろう。もしかしたらそのうち、酒を飲みながら「秋冬山水図」の図版を眺めては恍惚境に遊ぶようになるかもしれない。
別にとりたて、そんな爺になりたいわけでもないが・・・
07:29:15 PM 更新

11/20: 点苔

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
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「点苔」。「てんこけ」ではありません。「てんたい」と読みます。水墨画の技法の一つで、岩に付いた苔などの省略表現として画面中に打たれた点々です。
雪舟の時代には、苔の表現として意識は低く、画面にアクセントをつけるために用いられていました。
お客様の中でときおりこの点々を見つけては、「これは何ですか?」とお尋ねになる方がおられます。不思議な表現ですよね。
「この点苔の打ち方ひとつで、雪舟画の制作年代が分かる!」とまではいいませんが、画風の変遷を考える上でも参考になるものです。
実は僕は昔からこの点々がたいそう好きでした。水墨画の研究者の中でも、点苔が好きだという人間は珍しいかしれませんが・・・
06:44:56 PM 更新

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
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11月16日からの後期展示から新たに加わった作品に、国宝の秋冬山水図がある。もとは春夏秋冬の四幅セットだったと考えられるものだが、現在は二幅しか残されていない。この二幅のうち冬景色の方がとくに有名で、昔は切手になったりしているし、最近は長野オリンピックのポスターになった。
有名な冬景図のかげにかくれた格好となっているのが秋景図である。
しかも、この秋景図、実は秋の景色を描いたものかどうかさえ怪しいのである。戦前までは(正確には1950までは)この絵は夏の景色を描いたものとされていて、二幅としての作品名も「秋冬山水図」ではなく「夏冬山水図」だった。1950年にある論文が発表されて、夏ではなく秋を描くものと訂正されたのだ。そしてさらに最近、これは春の景色を描いているのではないかという説も出された。
この絵は、春とも夏とも秋ともつかない景色が描かれていることになる。冬でないことだけは確かだ。隣に雪景色の冬景図があるからこれだけは間違いようがない。馬鹿でも分かる。
雪舟の季節の表現があまりに貧弱なのか、絵を見ている我々が悪いのか。
09:26:12 PM 更新

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
以前分からなかった絵の良さがだんだん分かってくる。そんなことはよくある。雪舟の研究を始めてからずいぶん経った後でも、いわゆる「玉澗様」のものの良さはよく分からなかった。それが、最近だんだんと好きになってきた。「お洒落」で「カッコイイ」ような気がしてきた。
「玉澗様」の絵は、紙の上に墨をはね散らかすようにして描いてある。形がはっきりしない。どこが良いのかよく分かりにくい。難しい。「前衛」で「現代美術」だ。この難しいところがかえって「お洒落」で「カッコイイ」。そこがまた「現代美術」だ。
この種の絵は江戸時代の初期にとくに評価が高かったという説がある。
桃山から江戸初期は日本の美術史の中でも、最も「お洒落」な時代だった。そんな時代に、この種の絵がとりわけ好まれたことも分かるような気がする。
前期の展示が今日で終わり、雪舟の典型的玉澗様の絵、国宝「山水図」(通称「破墨山水図」)は見納めだった。サヨナラ。
09:22:57 PM 更新

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
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自然界にあるものはどこかランダムである。木の葉にしても草にしても合理性を持って生きているのであろうが、完全に数学的あるいは幾何学的法則に従って葉が並んでいるわけではなく、どこかに乱雑さが紛れ込んでいる。画家が自然を描くとき、この「乱雑さ」あるいは「ランダムネス」を表現するのは意外と難しいらしい。下手な画家が描くと、どうしても規則的になりすぎるようだ。これはオリジナルな作品から模写を作るときにも問題になって、原本では自然界の「乱雑さ」がうまく表されているのに、模写になるとそれが規則的に揃えられてしまうのである。昨日「写し崩れ」の話を書いたが、この逆の現象はあまり語られることがない。無理やり名付ければ「写し整い」とでもいえようか。12日までで毛利博物館所蔵の国宝・四季山水図巻の展示が終わり、今日から替わりに雲谷等益の模本が展示されている。樹木の葉や河辺の芦などに、この「写し整い」が見られるので、ご注目されたい。
03:26:51 PM 更新

11/13: 写し崩れ

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
この展覧会の準備をはじめてから、「会うたびに痩せていきますね」とよく人から言われます。実際に体重が減っていた時期もあったのですが、最近は体重は変わらないのに「また痩せたね」と言われます。今日も二回言われました。これは痩せているのではなく窶れているのです。自分でも顔の筋肉(表情筋)が衰えて、顔面の肉がだらんとしてきたような気がします。老化が急激に進行しつつあるというべきでしょう。まさに「太郎はたちまちお爺さん」(浦島太郎ね)です。これ、展覧会終わったら元に戻るのかしら?
えーと、顔がだらんと崩れてきたということで、「写し崩れ」の説明でもしときましょう。「写し崩れ」とは、オリジナルな絵(原本)からその模写を作るときに起こる現象です。原本の輪郭線を正確に再現できなかったために、原本でその線が表していた意味を伝えられなくなってしまうことなどを言います。今回の展覧会では、ほぼ同じ図柄の雪舟自画像の写しが三点(そのうち一点は後期のみ展示)出品されていますので、見比べるといいでしょう。
02:27:00 AM 更新

11/12: 点と線

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
今日は雨降りだったので、雨を見てみました。20分くらい見てたかな。なにやってんだか。雨は水の粒だから、点として見えるかというと見えませんね。白い線みたいに見えました。広重の浮世絵版画なんかだと、雨は細い墨の線で表現されてましたね。これが水墨画になると、線で表現されることはあまりなくて(たぶん)、いわば「線的な要素を持った面」で表現されます。つまり刷毛みたいな筆で、薄い墨をさあっと塗って雨の表現とするのです。実は雪舟の「四季山水図巻(山水長巻)」にも、雨降りの場面があります。これに気づく人はあんまりいないかもしれません。探してみてくださいな。
12:49:00 AM 更新

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
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240人の中学一年生に話しをしたときに、男子ならスポーツカーをカッコイイと思うのと同じように、女子なら洋服やアクセサリーをカッコイイと思うのと同じように、雪舟の絵のカッコイイところを見つけてもらえれば嬉しい、と説明した。「カッコイイ」ではちょっと頭が悪そうな形容かもしれないが、僕が雪舟の絵をカッコイイと思っているのは事実である。全部じゃないけど。四季花鳥図屏風の右隻の真ん中の鶴なんて、本当にカッコイイじゃありませんか。昨日この屏風の前で小学生に、「この絵のどこがカッコイイと思う?」と聞いてみたら、一人の男の子が元気よく「鶴!」と叫んだ。僕だけじゃないのだ。
06:06:08 PM 更新

11/10: 大道芸

Category: しっぽり日記
Posted by: egm
今日展覧会をご案内した韓国慶尚南道の御一行のうちの一紳士が、雑談中にこんなことを仰っていました。水墨画というと、子供の頃に市場で見た、自分の名前を言うとその文字に鳥や花の飾りをつけて絵にしてくれる芸人のことを思い出すというのです。今ではもう、そうした芸人はいなくなったそうです。こうした街頭でのパフォーマンスは、中国における水墨画の発生期における記憶を遠く宿しているように思われ、たいへん面白くお聞きしました。日本の大道芸にも同じようなものがあったのでしょうか?少し調べてみたくなりました。
01:14:04 AM 更新