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11/30: 旅のおわりに もういちど

最終日は混雑するからということで、避ける人が多かったのでしょうか。昨日に比べて、今日はすいています。
11月1日から開催された「雪舟への旅」展が、ついに閉幕しようとしています。
開催日数は、今日を入れて29日間。10万人を超えるの方々に、雪舟の作品をご覧いただきました。多くの方々が当館に足を運んでいただいたことに感謝します。
その反面、私は一抹の不安を覚えるのです。
それは、私たち展覧会主催者のメッセージがどれぐらい伝わっただろうかということです。
・本当に雪舟の絵を堪能してもらえただろうか。
・漠然とでもいいから、雪舟の絵の良さを感じていただけただろうか。
・雪舟の人生と絵の変遷(来山・入明を経て、年取ってから開花した遅咲きの画家であること)を感じてもらえただろうか。
・雪舟は山口の画家であることを知ってもらえただろうか。
そして、なによりも
・雪舟さんを好きになってもらえただろうか。
果たして、想いは伝えられたのか。それは、もう少し時間が経ってみないとわからないことかもしれません。
我々の想いが少しでも伝えられ、雪舟の記憶が残ってくれたら幸いです。
この展覧会で、雪舟の絵を初めて見た方にも、何度も見たことのある方にも、お願いがあります。これからも何度でも、雪舟の絵を見に行っていただきたいのです。絵は見るたびに新しい発見があるはずです。毛利博物館では毎年秋に、「四季山水図巻(山水長巻)」が展示されます。国立博物館でも常設に時々展示されることがあります。そこでは、一点一点をゆったり見ることが出来るでしょう。もういちど、雪舟さんに会いに行ってみてくださいませ。
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本来、この「てくTech日記」は展示の工夫など、裏方の苦労話を披露するためのブログでしたが、いつのまにか美術館学芸員である私自身の「自分探しの旅日記」になってしまったようです。
「お前の考え方は間違っている」「何を偉そうに」「きれい事を抜かすな」と反感を持たれた方もいるかもしれません。一面的なものの見方もあったかもしれません。問題のある失言もあったかもしれません。行き当たりバッタリの文章で、つじつまの合わないところも多々ありお見苦しいところもあったかと思います。
美術館員のナマの声を通じて、少しでも私たちの活動に共感していただけたらという想いで、書き込みを続けて参りました。どうか、無礼な発言をご容赦下さいませ。
また、今後とも、当館の活動にご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
こんな役所風の挨拶で「てくTech日記」を終えたいと思います。
どうもありがとうございました。
2006/11/30 TG
11/30: 美しき まちづくり ひとづくりのために

雪舟を招き寄せ、雪舟が選んだのは
「大内氏配下の禅宗システム」だった
島尾新「雪舟と山口」『天開圖畫』5号 2005年 25頁
当館で主催する雪舟研究会の委員長でもある島尾新先生のこの一文は、この展覧会を根幹を形成する重要なコンセプトです。
要するに、
「雪舟は、お坊さん絵描きとして、大内氏のもとにIターン就職して山口にやってきた」
ということです。
雪舟研究会の活動に関わってきた当館の人間や、大内文化に詳しいやまぐちの人たちにとっては、それほど驚くようなことではないかもしれません。
しかし、全国的に見れば、雪舟は各地を放浪した「漂白の画聖」だったというイメージ(要するにフリーターだったということ)は未だに払拭されていないような気がします。恥ずかしながら私は大学で美術史というものを専攻していながら、10数年前にこの山口に就職するまで、雪舟がこれほど山口に関係の深い画家であることを知りませんでした。
私は「雪舟が山口の画家である」ことをもっと誇りに思い、山口の町づくり、人づくりに活かしていかなければならないのだということを、ここ数年大きく感じていました。だから、この展覧会が、そうした気運を盛り上げていく契機になって欲しいと思っています。
ところで、
雪舟が「大内氏のスタッフ」として活動していた。
という視点で大内文化というものをながめてみると、大内氏の文化活動というものが、非常に政治・外交と密接につながっていたということを知らされます。
つまり、大内氏歴代の殿様たちは、単なるゼイタクや道楽で文化振興を行っていたわけではないようなのです。殿様自身の京都の中央政権との政治・外交の手段として、その存在意義をかけて、文化活動にいそしんでいたと考えた方がいいようなのです。詳しいことは、私もよくわからないのですが、いくさと同じぐらい真剣にやっていたということらしいのです。
そうだとしたら、文化というものは、道楽やゼイタク、あるいは社会の上部構造として見ていてはいけないのではないか。こんなことまで思うようになりました。かつての為政者たちが、なぜ、社寺造営など芸術・文化の振興に力を入れたのかを考えていくと、為政者たちにとっては、今日でいうところのインフラ整備にも相当する重要な位置を占めていたからではないか。そんな風に感じられるのです。
もちろん、雪舟を招き寄せた大内時代の文化振興政策を、社会構造の違う現代に、そのままあてはめるわけにはいきません。しかし、ここ数年「周防国分寺展」「興福寺国宝展」といった、寺院の復興と存続をテーマとした展覧会に関わってきた私は、このような社寺を中心に展開してきた文化振興の歴史に、自分が所属している公共文化施設の存在意義みたいなものを重ね合わせて考えずにはいられないのです。周防国分寺も興福寺も、それぞれの時代に応じて、存在意義を発揮出来たからこそ幾多の苦難を乗り越えて存続してきたのです。現在の公共施設もそういうものではないでしょうか。
昨今のご時世、公共施設の存在意義については、かつてより厳しい目で見られるようになってきました。美術館もご多分にもれないでしょう。かつての大内の殿様のようなパトロンはいません。そうであれば、今日の美術館のような公共施設のパトロンたり得るのは、国民であり、県民であり、市民のみなさん一人一人でなければなりません。パトロンたり得る人がいなければ、美術館の存在は、あまりにも脆弱なものになってしまうのではないでしょうか。
昔、博物館学の論文で「美術館・博物館が町づくり、人づくりの中核にならなければならない」といった趣旨のことが書いてあり、感銘を受けました。
山口県立美術館は、世のため人のために必要な施設である。
私たちは、常に自らの存在意義をアピールしていく必要に迫られているように感じています。ですから、こう主張しておきたい。
そして、多くの人々が、それに応えていただいている。
「雪舟への旅」展が10万人を超えた今、その手応えをひしひしと感じています。
どうか、これからの美術館を、より多くの人に応援してもらいたい。
そう願う今日この頃です。
雪舟への旅展 本日午後7時までです。
11/29: 十万人達成!

本日午後4時過ぎ、ついに「雪舟への旅」展の10万人目の入場者の方をお迎えすることが出来ました。
多くの方のご来館に感謝致します。
今日も夜の7時まで開館しております。昼間は混み合う館内もさすがに夕方はすいてます。近隣のみなさま。お見逃しの無いよう。
11/29: 展覧会と作品の価値








雪舟への旅展 あと残り2日となりました。
展覧会の終盤に近付くと、お客さんも増えて、にぎやかになりますが、これで雪舟さんの名品とお別れかと思うと一抹の寂しさを覚えるものです。
無料期間だった11月の初め頃だったと思いますが、会場でお客様から「この国宝の作品は、一体いくらするのか?」と聞かれて、困ったことがありました。もちろん、国宝にもそれ相応の評価額があります(とてもですが言えません)が、それだけでは、はかりきれない価値というものがあるからです。
作品の価値は、「金銭的価値」だけではありません。よく、我々が使う言葉でも「造形的価値」「歴史的価値」「資料的価値」「社会的価値」などなど、色々な価値基準があります。そうした様々な価値観の中で、美術史家の立場から言えば、やはり「美術史的価値」というものを優先したいと思うのです。それは、金銭的価値などと違って、他のものでは代替の効かないオンリーワンの価値だからだと思うからです。
この評価というものは、絶対的な基準はありません。前にも「国宝ってのはどういう基準で決めるのか」と聞かれて「色々な価値を勘案して決めます」と答えましたが、正直なところ、数値的に計算して決められるような基準値なんて説明出来ないでしょう。
こうした価値に対する問いに対して
「人の価値基準は千差万別なんだから、国宝だの重文だのと、国が決めた価値基準に縛られないで、作品を見て、ちゃんと自分で判断してください。」
と言いたくなることは、この仕事をしていると多々あります。
その一方で、我々「モノを見る商売」をしている人間は、価値判断を人任せにできない局面に常に立たされます。
例えば、私の上司は、国民文化祭の公募展などで審査員を頼まれることがあります。我々は、作者の人に落とされた作品だからダメな作品だとは、思っていないし、思って欲しくないのですが、それでも、応募作品の中から入選と選外という評価を下さなければなりません。これも酷な仕事です。
私の場合も、自治体の文化財指定の仕事に関わっており、文化財指定の是非に関わることもあります。そんなときに、「これは指定しましょう。」「これは指定しなくてもいいでしょう。」といった選定をする局面に立たされるのです。指定の有無で、その文化財が生き残るか否かが決まる場合だってあります。(ですから場合によっては人から恨まれるかもしれません。)
こうした、外部から頼まれる仕事以上に、美術館学芸員は、中での仕事で、作品の価値を左右する局面に常に立たされるのです。
その最たるものが、展覧会なのではないでしょうか。
展覧会に出品する、「その作品」を選ぶという行為自体に、主催者・担当者の見識が問われるのです。
新出の作品であれば注目を浴びるわけですから、その後指定を受けたりすることだってあり得ます。下世話な話で、作品が市場に出たときに価格が上がってしまうことだってあり得ないことではありません。つまり、展覧会の企画自体が、今現在のその作品の価値を決めることなのです。展覧会の主催者・担当者は、作品の価値を左右する重い責任を、好むと好まざると負わなければならないのです。また、そうでなければ、こうした特別展をやる意味はありません。
雪舟の国宝級作品になると、この展覧会で大きく価値が揺らいだり、全く違った価値を提示することはあまりないのかもしれません。だからこそ、シビアです。この作品について、どんな新しい価値を提供出来たのか。それが問われるからです。保存と活用のバランスの難しい貴重な文化財の価値を、無反省に浪費するような扱いは、許されないのではないでしょうか。
「雪舟への旅」展が、出品作品一点一点に対して、どのような価値を与えることになったのか。最終的にその評価を決めるのは、私たち主催者ではなく、後世の評価ということになるのでしょう。
伝説の展覧会
この展覧会が、後世こう呼ばれるようになることを願いつつ、最終日を迎えたいと思います。
ちなみに、今回の私の立場から言えば、
別の場所で見たときよりもよく見えていいですね。
とお客様に言われた時が、一番嬉しかったです。
前に見たことがある作品でも、お客様に新しい、しかもよい印象を与えることが出来たことには、大きな達成感がありました。
11/28: 非常事態

展覧会もあと、残すところ本日を含めて3日となりました。みなさん、お見逃しはないですか?
このところ、特別展というものが「異常事態」であり「緊急事態」であると言ってきました。
(我々も、人の入りが気になります。こうやって、すごいことなんだと煽るのも商売のうちです。もちろん、看板に偽りはありません。すごい展覧会ですから、見逃したら一生の損ですよ。)
今日は、さらに「非常事態」であると、訴えたいと思います。
こんな「ランカイ屋」(「展覧会屋」の略。)の私が「美術史家」だと言って、どれだけの人が認めてくれるのかわかりませんが、自称美術史家の私だけでなく、美術館の(特に古美術系の)学芸員は、美術史という分野の立場から美術品に関わっている人が多くいます。
美術史家には、色々な職業の人がいますが、基本的には、美術品を見てそれについてなにがしかの事を述べる事、つまり「見る」ことを生業としているといえるでしょう。
しかし、美術館の学芸員の場合、自分自身が「見る」ことだけでなく、多くの人に「見せる」ことも、商売の一環として行っています。
ところが、この「見せる」という行為は、なかなかやっかいな行為なのです。
人々に説明する内容や、鑑賞のポイントを示すというような、美術史家としての仕事についてはここではふれません。
「見せること」
すなわち、作品を公開すること。これは、美術館員の仕事の一環である作品の保管という行為と、相反する行為であるということです。
(もともと、学芸員curatorは「管理人」といった意味で、辞書には、館長とか書いてあって、責任ある立場の人の肩書きなのです。そういえば某映画の中で、ジャック・ソニエール<館長>の事をキューレーターと言ってましたね。)
展覧会では、すべての作品をガラス展示ケースに入れて温湿度の変化の少ない環境で、照度も暗めにし、作品が傷まない状態で展示をしています。特に照度に関しては、所蔵先で展示される時よりも、おそらくは暗いのではないでしょうか。私たちは所蔵先以上に厳密な環境で展示したいと心がけています。人間でもそうですが、旅行先の環境は、普段よりも快適な環境だとしても、慣れなくて疲れるものです。美術品も同じです。ですから可能な限りVIP待遇で、展示を行っているのです。
では、このように万全の環境を保ったとして、100%作品に悪影響を及ぼさない環境が構築出来るでしょうか。
答えは、Noです。
絵画作品は、ほんのわずかでも光に当たり、空気に触れれば、確実に劣化していくのです。その度合いが作品の素材によって大小があるにすぎません。私たち美術館員は、美術品の寿命を延ばすための配慮は出来ても、美術品に永遠の命を与えることは、出来ないのです。
状態が悪ければ、修復すればいいのですが、修復は当初の状態に戻ることではありません。保存科学の研修で聞きかじった話によれば、一度破壊されたオンリーワンの分子の結合形態を、全く同じ形に再現させることは出来ないということらしいです。
また、どんなに作品の品質管理に万全なケースを作ったとしても、この展覧会のようにたくさんの人が来れば、ホコリやゴミ、そして人の発する熱や息に含まれる水蒸気など、危険な環境と隣り合わせになるのです。厚い壁に囲まれた収蔵庫に比べたら、展示室の方が危険度が高いことには間違いありません。
このように、考えれば、どんなに完璧な保存環境を準備しても、作品を展示するという行為自体が、作品を何らかの形で作品を破壊する行為だということは否定出来ません。
展覧会は、作品にとって非常事態でもあるわけです。
そんな危険な目にあわせるのはよくないから、見せないようにしよう。外に出さないようにしよう。蔵の中に保管したままにしておこう。
作品を後世に伝えるためには、外に出さない、公開しないことがいいことに違いはありません。だから国宝や重要文化財は、公開期間を厳しく制限しているのです。
だからといって、作品が全く公開されない状態になってしまうことは、望ましいことでしょうか。私はそれもまた、作品にとってよくないことだと思っています。
人目に付かないで存在している作品は、まかり間違えば、その作品が存在していないのと同じ状態になりかねないからです。
作品は、人目に触れてこそ、生きた状態にある。人目に触れてこそ価値がある。
もし、このことが否定されたら、展示施設としての美術館・博物館は不要なものとされてしまうでしょう。
展覧会は、後世に残すべき作品の存在価値を、多くの人に見せて問うべき場所であり、後世へのさらなる保存につながる活動でなければならないと思います。そして、新たなる作品の価値を問うためには、綿密な調査・研究が必要なのです。その研究成果として、展覧会は開催されなければならないのです。
「公開」という、作品を危険にさらす非常事態の展覧会を開くことの意義。
私たち美術館員は、常に自分自身に問い続けなければならないでしょう。
で、結局何が言いたいかって?
要するに、すご~いたいへんな展覧会なんだから、たくさんのお客さんに見てもらいたいってことです!
11/27: 緊急事態

いつ頃か、人に言われたのか、自分で思いついたのかよく覚えてません。
色々なところから、作品を借用して行う特別展というのは、「親族会議」のようなものだなぁ、と思った事がありました。
つまり、こんなことです。
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雪舟という人が描いた絵という一族があり、その末流の雲谷派の描いた絵という傍系の一族があり、あるいは、遺影を写した姿だけのものもあり。雪舟の絵にかかわる色々な一族のみなさん(作品)が、500年以上の歳月を生きながらえて、今日、様々な場所におられます。
どなたも、それぞれのご所属の場所で要職についておられます。ご高齢のため、頻繁には姿をお見せになりませんが、それぞれの場所で、現役としてご活躍されております。中には、大スターもいて、その方が姿を現すときには、追っかけが全国からやってくるような方だっています。
そんな、お歴々に、このたび雪舟さんの没後500年を記念して、かつて雪舟さんが活躍したこの山口の地で、親族会議(雪舟への旅展)を開催し、お集まりいただくことに致しました。忙しい方や、すでにスケジュールが埋まっていたり、先方の都合により出られない方もいました。しかし、こうして、人目に出られる限られた時間を調整して、スケジュールを裂いて、時には、ご所属での肩書きや、立場をも取り去ってのご出席をしていただけました。ご高齢な重鎮たちをこの会議(展覧会)に出る事を許して頂いたご家族(所蔵者)には、感謝の言葉もありません。
さて、親族会議とは、そんなにひんぱんに開かれるものではありません。何かの記念の年、大きな一大事。つまり、緊急事態でもない限り、開くわけにはいきません。
そこに集まるには、何か会議をする議題(テーマ)が必要でしょう。名士のみなさん(国宝・重文など)が集まっていただくには、それぞれの方々に、お役目を持って出席して頂かなければ、失礼に当たります。ですから、「雪舟への旅」という親族会議には、どの出席者(出品作品)にも、ひとりひとり、肩書きを持って出席していただく必要があるのです。結婚式の席次表みたく、「新郎叔父」とか、「新婦従姉妹」みたいな肩書きが必要なのです。
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展覧会というのは、親族会議同様、緊急事態でなければ、開いてはいけないものなのではないか。やるからには、それなりの理由が必要なのです。よそ様から、作品をお借りするという事は、それは、一大事なことなのです。
以前、私は上司から「展覧会とは、同じ作品・作家を取り上げるにしても、常に新たな研究成果、新たな視点に基づくものでなければならない。それが例え建前だけであってもだ。」と教えられた事があります。その当時は、「なにきれい事を…」と密かに思ったものでしたが、近年、本当にそうだという事を身をもって認識するようになりました。
没後500年記念のこの年に、山口県立美術館で、雪舟の展覧会を開くのは、だいたいこんな理由が挙げられるでしょう。
1 長い間歪められた雪舟のイメージを取り払い「これが雪舟だ」という正しい雪舟のイメージを提示する事。
2 最新の学術成果をもとに、雪舟の作風の変遷をたどる事。
3 山口に根付いた雪舟流雲谷派とともに、「雪舟は山口の画家である」ことを、多くの人々に再認識させる事。
そのために、作品を厳選し、場合によっては、当初の伝来からも切り離して展示するのです。
(例として、大和文華館蔵の雪舟像があります。これは、箱書きに「鴨長明」とありますが、描かれた人物像のスタイルから、雪舟像とされるようになり、この展覧会でも雪舟像として出品しているのです。)
書いてしまえば簡単ですが、これは、場合によっては作品の価値を180度転換してしまうような重い責任を持った仕事なのです。そんな重大な仕事に、多くの所蔵先の所蔵品を巻き込んでしまうのですから、これは大変なことなのです。そんな大それた事は、「没後500年記念」という大きな節目を迎える年(ついでにいえば、国民文化祭が開催された今年)である2006年を外しては、実行出来ません。まさに、千載一遇の機会なのです。
だからこそ、展覧会の趣旨を理解し、ご出品いただいた所蔵者と、集まって頂いた作品一点一点に敬意を表しながら、展覧会を組み立て、そして多くの方々に見て頂きたいと願うのです。
最近こんな事を思うようになりました。
11/26: 山口へ 雪舟のいた 山口へ

これは、写真に出している展覧会ポスターが出来る前に、広報に使っていた予告ポスターに使われたコピーです。
今回の展覧会は、地方都市で開催される雪舟の展覧会としては、過去に例を見ない大規模なものです。それが、なぜ、山口で開催されるのか。そのことを前面に打ち出したのが、このコピーです。
最近、団体向けに、この展覧会の概要を説明する機会が多くあります。そのたびに、この展覧会が国民文化祭と雪舟没後500年を記念して開かれるものであるということと、この展覧会の機会を通じて
「雪舟は、山口の画家である」
ということを全国的にアピールしたいのだ、と説明しています。没後500年記念(雪舟の没年は、1502年説と1506年説とあるので、500「周年」ではなく「記念」と言っているのです。)の年に、この山口で開催するからには、そのことを語らないわけにはいきません。
「でも、全国レベルで評価されている雪舟を、一地方画家に位置づけちゃっていいの?」
こんなことを知り合いから聞かれたことがあります。この問いに対して、山口の人は、はっきり「そうです」と答えなければいけません。昨日の綿田先生の講演会を聞いて、あらためてそのことを確認できました。
雪舟は、全国レベルの画家、日本の画家、世界の画家という取り上げ方をされる中で、「山口の画家」であるということが、なおざりにされたのではないか。そんなことを最近思います。
雪舟は、いわゆるジゲ(「地毛」ではありません。「地下」と書きます。地元の生まれ育ちの人という意味)ではありません。岡山生まれの人です。
その岡山生まれの雪舟が、「Iターン就職」で山口に来たのです。
そして、もし、山口に来なかったら、雪舟は後世画聖と呼ばれるには至らなかったのです。だから、雪舟は山口の画家なのです。
このことは、全国的にも、そして、少なくとも山口の人には、もっともっと、知っておいてもらいたいことなのです。
「なぜ、やまぐちで雪舟展をやるの?」
と聞かれるようではいけません。
「やまぐちだから雪舟展をやるのね。」
こう言われるようになりたいのです。
11/25: 雪舟だけでなく、雲谷派を愛でる風土も大切にしよう

本日、東京文化財研究所の綿田稔先生による講演会
「雪舟と山口―江戸時代編」
が行われました。
先生が講演の締めくくりに言われたタイトルの言葉が非常に印象的でした。
11/25: 異常事態

この展覧会では、国宝・重要文化財を含む多くの作品を様々な所蔵先から作品を借りてきて、一堂に会して展示しています。当館の所蔵品だけでは展覧会を構成することはできないからです。そして、多くの方々も、東京や京都から「国宝がやってきた」といって、見に来ていただけるわけです。
このような、作品公開の方法は、掛け軸や屏風といった古美術品の公開方法としては、歴史的に見て、たいへん変則的なものなのです。
例えば、屏風は、今でも結婚式や会見の時に金屏風が時々使われたりするので、イメージがわくと思いますが、せいぜい、身内に対して公開される程度です。
また、四季山水図巻のような巻物は、展示室で見るように、一度に全部広げるなどということはなく、部分的に広げては巻き上げて、少しずつ本の頁をめくるように見ていくものです。(売店で縮小版のレプリカを売っていますが、これを買われてご覧になるときに、わざわざ全部広げてご覧になることは、めったにないでしょう?)
当館の牧牛図2幅は、大名家に伝えられてきましたが、これらも不特定多数に対して広く公開される種類の絵ではないでしょう。お茶会などで限られた階層が集まって見るものです。
「詩画軸」という、絵に「賛(絵の内容にちなんだ漢詩のこと)」を書くという形式の掛け軸は、禅宗社交界の非常に狭いプライベートな空間の中で形成された文化です。
このような、床の間の掛け軸のほとんどは、不特定多数に公開する目的で作られたものとはいえないでしょう。慧可断臂図のような大きな絵の場合、寺院で掛けられることもありますが、これだけ大きなものは、常時壁に掛けるものというより、特別な儀式の時に用いたものと考えた方が良いでしょう。
このように、雪舟の絵が今日まで伝えられてきた経緯や、日本絵画のジャンルのあり方を見ると、これらは、限られた階層、つまり、財力や教養を兼ね備えた人々の中でだけ、享受されてきたものだったといえるでしょう。
そうしてみると、当館で開催している「雪舟の旅」展のように、多くの人に雪舟の絵を見せること(しかも無料期間まで設けて)というのは、これまで多くの雪舟の絵がたどってきた歴史の中では、異常な公開形態でもあるのです。
しかし、私たち美術館・博物館の使命は、このような異常事態を作り出す事でもあるといえるのではないでしょうか。
11/24: atmosphere

この展覧会の展示室には、作品以外には、どこにも「室町時代風」とか、「古美術」を感じさせる雰囲気づくりがないことに、お気づきでしょうか。
当館では、近年、古美術の展示にこれまであまり使われない白い壁や、白い展示台を積極的に活用し、床の間やお寺といった、いわゆる古美術鑑賞的雰囲気を避けるような展示が多いように思います。
美術館や博物館には、展示室の中に茶室や床の間を設けて、実際に茶道具や掛け軸を展示しているところもあります。掛け軸や茶道具が本来どのような用途で用いられ、どのような環境の中で鑑賞されてきたか。その歴史的な価値を知る上では有効でしょう。従って、インスタレーション(「立体造形展示作品」とでもいいましょうか?)としては、いいかと思います。
しかし、私は、実はこうした展示が好きではありません。例えば、床の間の掛け軸は、ろうそくの明かりで見るのが、当時の見方だからって、作品の照明がろうそく並みの照度・色温度でゆらゆらしたものになっていたら、雰囲気はいいかもしれませんが、絵自体の鑑賞の妨げ以外のなにものでもないからです。
では、歴史的な背景や制作当初の鑑賞形態を無視した展示を行ってよいのか。作品を周囲から切り取って見せるような見せ方は、体の一部だけ切り取って「これが○○さんです。」と紹介するようなものではないか?
このような問いに対して、あえて、極論を申し上げましょう。
展覧会(特に、企画展)というものは、まさに、周囲から切り取って見せる行為に他ならないのです。
作品を周囲の環境や歴史的背景から切り取ることが、誤った鑑賞法であるとすれば、仏像は、展覧会に出すべきではなく、お寺で拝めばいいということになるでしょう。どんなにお寺の真似をしたって展示室は展示室でしかないのですから。
今回展示している雪舟の作品は、様々な状況で今日まで守り伝えられてきました。様々な人の手を経て、今日の所蔵者のもとにあり、その間に、色が褪せたり、切り取られたり、修理されたり、表具を替えられたりして、大きく姿を変えてきたものです。当館所蔵の「牧牛図」がいい例でしょう。かつてはひとまとまりだったものが、バラバラにされて当初とは無関係な組み合わせのセットになっていたのですから。つまり、どのように見せようとも、当初の状態を再現することにはならないわけです。また、そのような歴史を語ることは、本の中では説明出来ても、展示で示すことには限界があります。第一、この展覧会は、そのような歴史的経緯や伝来を説明するために展示しているわけではないはずです。
むしろ、美術館で企画される展覧会とは、作品の歴史的背景や、作品の存在を形成する「場」から、作品を切り取ってしまう行為だと思うのです。
逆に、そのことによって、見えてくる作品の本質や価値を見せることが、展覧会の目的なのです。
ですから、お寺の雰囲気や、床の間っぽい「ムードのある展示」は、この展覧会の目指すところではないと考えています。
もちろん、まったく正反対の論も成り立つでしょう。
「床の間に飾らずして、作品の何が理解できるのか。」
それも、正論です。床の間的演出も、必要に応じてあってもいいでしょう。また、作品の箱や附属品もあわせて、作品がたどってきた歴史をもたどる展示方法もあっていいわけです。しかし、今回の展覧会は、そこに目的があるわけではないと思います。
一見無機質な展示室は、作品の持つ歴史の重みすらも排除し、作品本体だけを浮き上がらせるという意図に基づくものです。
もっとも、こんな「ムード無視」な事を、私が言うのは、私自身が「空気atmosphereの読めない人間」だからかもしれませんね。
11/23: シンポジウム

本日、午後2時から、山口県立山口図書館レクチャールームにて、シンポジウム
「雪舟をどう見るか―現代美術、美学、美術史の視点から」
が開催されました。
白熱した議論が展開されました。
司会、パネリストの先生方お疲れ様でした。
11/23: 塵も積もれば山となる

四季山水図巻(山水長巻)模本が展示してある展示ケースの上が、みょうにデコボコしているように見えたので何だろうと見てみると、なんと、それは、雪のように積もったホコリでした。
すでに、この展覧会には7万人近くの人が来ています。このホコリは、来館者の人々と一緒に入ってきたホコリなのです。
人の衣服には、たくさんのホコリが付いています。従って冬のほうが、ホコリがたくさんたまります。また、靴には泥が付いています。ホコリには、風邪のウィルスだけではありません。カビの胞子など、作品に有害な物質も含まれているのです。
古美術の展示がガラスケースに入れられるのは、日本画は、こうしたホコリに対して弱いからなのです。
また、人間はホコリをもたらすだけでなく、体温があり、吐く息に含まれる水蒸気を出す高熱源体です。大勢の人が来たとき、会場が蒸し暑いと苦情が来ました。それだけ人間は大量の熱気を発しているのです。入館者が大勢来るということは、温湿度の急激な変化をもたらすもので、作品の保存には、決してよいことではありません。ですから、ケース内での展示が不可欠なのです。
ある展覧会では、屏風が露出展示されていたそうです。これは、普通の展示ではあり得ない、特殊な展示方法であるということを覚えておいていただきたいものです。
その展示を実現するためには、普段の展示の何十倍も、展示室の環境に配慮する必要があり、普通の美術館では対応出来ないことなのです。
11/22: 僕たちの失敗
この展覧会で、「暗くて見えない」という文句が来ないのは、キャプション(題箋)が読みやすいということも理由の一つでしょう。

作品に対して、かなり大きめで、解説の文字数も少なめで、極力専門的な語句を避け、作品の注目して欲しい点に言及をしぼったもので、練りに練った文章なのです(私はタッチしていませんが)。
ところで、このキャプションには、英文を付けておりません。外国人の方には、英文リストをお渡しして、それと作品番号を照合してもらおうということにしたのです。
ところが、ここで私たちは大きな間違いをしてしまったのです。

普通に日本語の読める人なら、このキャプションに「さんじゅういち」つまり、「31」という番号がふってあることが、わかるでしょう。
しかし、海外からの旅行者で、「三十一」が「31」だとわかる人は、どれだけいるでしょうか。まさに、うかつだったとしかいいようがありません。
そこで、こうした「あ~、やってしまった」という失敗の際の取り繕いの弁として、こんなセリフを一言。
認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを
(…。)
日本の古美術の展覧会で、英語キャプションを用意しない事はよくありますが、今後こうした点にも配慮するよう努力していきたいと思います。
10:06:30 AM 更新 
作品に対して、かなり大きめで、解説の文字数も少なめで、極力専門的な語句を避け、作品の注目して欲しい点に言及をしぼったもので、練りに練った文章なのです(私はタッチしていませんが)。
ところで、このキャプションには、英文を付けておりません。外国人の方には、英文リストをお渡しして、それと作品番号を照合してもらおうということにしたのです。
ところが、ここで私たちは大きな間違いをしてしまったのです。

普通に日本語の読める人なら、このキャプションに「さんじゅういち」つまり、「31」という番号がふってあることが、わかるでしょう。
しかし、海外からの旅行者で、「三十一」が「31」だとわかる人は、どれだけいるでしょうか。まさに、うかつだったとしかいいようがありません。
そこで、こうした「あ~、やってしまった」という失敗の際の取り繕いの弁として、こんなセリフを一言。
認めたくないものだな。自分自身の若さゆえの過ちというものを
(…。)
日本の古美術の展覧会で、英語キャプションを用意しない事はよくありますが、今後こうした点にも配慮するよう努力していきたいと思います。
11/21: LED2~快適色温度~

この写真は本文とは何の関係もありません。
ちょっと、山水画っぽい風景を目にしたので出してみました。

遮光フィルターの話の続きを少しします。
当館の展示室の蛍光灯には、調光機能がついていません。普段の展示では、それほど暗くする必要がないからです。しかし、今回は、国宝・重要文化財を多数借用して一ヶ月近く展示するため、いつもより暗くしなければなりません。そのため、何種類かの遮光フィルターを使って蛍光灯の光を弱めて、適切な照度にしています。写真に2列の蛍光灯が写っていますが、上段の列のほうが、やや暗く見えませんか?実は上段に巻いたフィルターのほうが、暗くなるものなのです。面倒な事をしているようにも思われますが、調光機による照度調節よりもよい点が一つあります。それは、ちらつきが少ないという点です。蛍光灯の場合、照度を低くすると、ちらつきがひどくなるのです。フィルターで照度調節をすれば、そのような問題はおこりません。
しかし、蛍光灯の照明にも欠点があります。それは、低い照度にしたとき、人間の目には、青っぽい冷たい色に見えてしまう。ということです。蛍光灯の昼白色の色は、色温度が5,000Kで、明るいときは、白い色が白く見えるのですが、暗くなってくると青っぽく見えてきます。室内の照明の場合、3,000K程度の色温度の低い、赤っぽい光のほうが、よりよい色合いに見えるのです。これが、「電球色」と言われる色温度の照明です。ただ、絵画の照明の場合、電球色では、青色がきれいに見えないという問題点もあり、色温度の適度なバランスが要求されるのです。
さらに、ハロゲンランプなどの電球による照明は、もう一つ問題を抱えています。

この写真は、ハロゲンランプの調光機能のあるスポットライトを全開にしたもの(右)と、照度を落としたもの(左)とを白いボードに当ててみたものです。右が白くなっているのに対して、左は、赤っぽく見えます。つまり、ハロゲンランプの場合、照度を落とすと、色温度も低くなってしまうのです。そうなれば、ますます作品が赤っぽく見えて正しい色に見えません。ただでさえ、色温度が低く見えている高齢者の方々には、ますます作品が見えなくなってしまうのです。

LED照明の長所は、まさにこの問題点を克服したところにあります。消費電力が低く、赤外線・紫外線といった有害な波長を出さないというだけでなく、照度を低くしても快適に見える色温度の照明に出来るからです。今回のLEDは、3,500Kに設定したものを使用しています。電球色で人間の目に快適な色として認識出来る色温度です。
LEDを開発した田口常正先生(山口大学工学部)によれば、このLEDは、様々な色温度に作る事が出来るので、将来的にはLEDが、蛍光灯に置き換わり、様々な環境に適した色温度の照明を提供出来るようになるだろう、とのことでした。
このようなすごい技術が山口県内で開発されていたなんて、すごいですね。
11/20: 山口フル観光
これから、一週間は観光シーズンです。
山口にお泊まりの方。夕方にちょっと時間が空いているけど食べに(呑みに)行くにはまだ早い。そんな時間を有効に利用出来ますよ。
日帰りの方。ほかの場所がしまっていても、ここは開いてますよ。時間をフルに活用して山口めぐりを楽しんでみませんか。
現在、当館は午後7時まで開館しております。夕方4時半以降は、この通り、しずかなものです。

地元の方は、夕飯の準備があったりして、なかなか、来にくい時間帯かもしれません。11/1~7の教育文化週間(無料期間)中は、仕事帰りの人が立ち寄ったりして、夕方でも混雑していましたが、現在は、余裕を持ってじっくりご覧いただけます。
雪舟独り占めのゼイタク空間
満喫しませんか?
05:59:58 PM 更新 山口にお泊まりの方。夕方にちょっと時間が空いているけど食べに(呑みに)行くにはまだ早い。そんな時間を有効に利用出来ますよ。
日帰りの方。ほかの場所がしまっていても、ここは開いてますよ。時間をフルに活用して山口めぐりを楽しんでみませんか。
現在、当館は午後7時まで開館しております。夕方4時半以降は、この通り、しずかなものです。

地元の方は、夕飯の準備があったりして、なかなか、来にくい時間帯かもしれません。11/1~7の教育文化週間(無料期間)中は、仕事帰りの人が立ち寄ったりして、夕方でも混雑していましたが、現在は、余裕を持ってじっくりご覧いただけます。
雪舟独り占めのゼイタク空間
満喫しませんか?
11/20: 遮光フィルター
本日から、昨日まで山口県立山口博物館で展示されていた瑠璃光寺「全岩東純像」が展示に加わりました。会期中月曜日も開いていますので、作業は閉館後から行いました。展覧会は、30日まで無休で、午後7時まで開館しております。多くのご来館者をお待ちしております。

ところで、ご来館された方は、天井に黒っぽい筒状の照明器具があるのにお気づきでしょうか。

これは、スポットライトにフィルターを筒状に巻いたものなのです。
このフィルターは、遮光フィルターといって、蛍光灯などの照明器具の明るさを落とすために使われるフィルターで、熱に強いので、熱を持つ照明器具の照度を落とすのに使っています。
なんで、こんなことをしたのかといいますと、このスポットは、吹き抜けになっている展示室2階から下の展示室の方を見たときに、目に直接光が入ってまぶしいからです。
そこで、このように、フィルター(遮光率の高いもの)を巻くと、ライトが見えても(真っ正面から見ない限り)まぶしくないのです。

撮影によく使われる黒い銀紙のようなものや、ピンスポットを使ってしまうと、こんどは、ライトがピンスポットのように円く光が当たってしまってボヤッとした光をあてられなくなります。ボヤッとした光をあてたいときに、周囲にフィルターを巻くのは有効なのです。(11/18「白い奇跡2」2番目の写真が、このライトで照明している壁です)
なお、このフィルターを巻く仕事は、施工業者さんが作業を終わって帰ってしまった後にやったので、我々学芸員の手作業です。そのためか、あまりきれいに仕上がっていません。
これは、そんな手作りの労作なのです。
12:47:50 PM 更新 
ところで、ご来館された方は、天井に黒っぽい筒状の照明器具があるのにお気づきでしょうか。

これは、スポットライトにフィルターを筒状に巻いたものなのです。
このフィルターは、遮光フィルターといって、蛍光灯などの照明器具の明るさを落とすために使われるフィルターで、熱に強いので、熱を持つ照明器具の照度を落とすのに使っています。
なんで、こんなことをしたのかといいますと、このスポットは、吹き抜けになっている展示室2階から下の展示室の方を見たときに、目に直接光が入ってまぶしいからです。
そこで、このように、フィルター(遮光率の高いもの)を巻くと、ライトが見えても(真っ正面から見ない限り)まぶしくないのです。

撮影によく使われる黒い銀紙のようなものや、ピンスポットを使ってしまうと、こんどは、ライトがピンスポットのように円く光が当たってしまってボヤッとした光をあてられなくなります。ボヤッとした光をあてたいときに、周囲にフィルターを巻くのは有効なのです。(11/18「白い奇跡2」2番目の写真が、このライトで照明している壁です)
なお、このフィルターを巻く仕事は、施工業者さんが作業を終わって帰ってしまった後にやったので、我々学芸員の手作業です。そのためか、あまりきれいに仕上がっていません。
これは、そんな手作りの労作なのです。
11/19: 白い亡霊

白い壁は、ガラスの写りこみが、強くなるという問題点があることを、前に書きました。それは、ガラスの性能だけでは、カバー出来ないものです。
当館の開館当初から使用しているガラスケース(写真左)のほうが、セントラル硝子さん提供の特設ケースのガラス(写真右)に比べて写りこみが強いです。最新のガラスのほうが、反射しないということですから、それだけ、ガラスの性能も27年間のあいだに進歩したわけです。
また、作品の画面が黒っぽいものほど、その写りこみが目立ちます。今回の展示作品は、比較的白っぽいものが多いのですが、写真のような黒っぽい作品もあります。
この解決策は、簡単に見えて簡単ではありません。この問題は、多かれ少なかれ、どこの美術館・博物館も抱えている悩みなのです。
白い壁が明るくて写りこむのであれば、壁を黒っぽくすればいいと思うかも知れませんが、それだけでは解決しません。黒くなれば、会場全体が暗くなってしまいます。そうなれば、足下を照らす照明が必要になります。今度は、その照明に照らされたものが、くっきりとガラスに写りこんでしまうのです。

写真は、会場最後の展示室の四季山水図巻の映像展示コーナーで、壁の黒い展示室です。するとこの通りガラスケース左には、照明にくっきりと照らされた私の姿がはっきりと写りこんでいます。
写りこみは、気になり出すと、どんどん気になってしまいます。ケースが対面している展示室では、中央にパネルでも立てようかととも思いましたが、

会場の様子を見て、断念いたしました。会場が混雑してきたときに、お客様のスムーズな動線を遮断して、混乱を招くことになるからです。
ガラスケースによる展示は、このような大きな問題を抱えているのです。
なお、白い壁・白い床の展示室は、もう一つ欠点があります。
それは、床の汚れが目立ちやすいことです。拭いてもふいてもきれいになりません。
11/18: 白い奇跡2

昨日のブログで紹介した「四季山水図巻」を最前列でご覧になる方への案内板が、画面左上と左下に見えますが、わかりますでしょうか?なかなかみなさん左下の看板に気付かれないので、事情をご理解頂いているか心配です。
さて、この写真で注目して頂きたいのは、画面右の壁に当たってる光と、画面左の壁に当たってる照明の色合いの違いです。実はどちらも、同じハロゲンランプのスポットライトなのです。明るさの違いもありますが、どうしてこんなに色が違うのでしょうか。

先日「色温度」の話をしたときに、会場入口付近のハロゲンランプの照明が赤みがかっている写真をお見せしました。これに比べて、最初の展示室にはいると、壁から床まで照明の色が白っぽく見えるのではないでしょうか。
今回の展覧会では展示ケースの照明は(LED照明の場所を除いて)すべて、美術館用の蛍光灯を用いています。当館の場合、「昼白色」といって、色温度が5000Kで、紫外線吸収膜付、高演色形(色がきれいに見える)というものです。
これに対して、ハロゲンランプは、3,100Kとこれに比べやや赤みがかった色になります。

展示室のケース内照明と休憩室や看板に当たっているハロゲンランプの照明との色温度の違いは、デジカメでは人間の目よりもはっきりとうつります。
1階の展示室では、床も壁も白いため、蛍光灯と違う色合いの光が混ざると、展示が見えにくくなってしまいます。そこで、ハロゲンランプに青い色をした色温度補正フィルターを付けて色温度を上げて、蛍光灯に近い白っぽい色の照明にしたのです。
最初の写真で、左側の照明だけが、赤っぽい光で普通のハロゲンランプの色のままなのは、この照明を一番最後に追加したので、用意したフィルターをすべて使ってしまって、色温度を補正出来なかったからです。
また、高い色温度の照明は、高齢者の方には、より明るく見えるためでしょうか。今回の照明では作品に当たる照明が100ルクス以下の明るさしかないのに、明るく見えるので、何ルクスなのかという問い合わせもあったぐらいです。
し・か・し…。
この展示。良いことずくめではありませんでした。
11/17: 最前列
模本・四季山水図巻を最前列でご覧になりたい方は、こちらにお並び下さい。
お急ぎの方は、並ばずに先にお進み下さい。列の後ろからご覧いただけます。
天橋立図を見終わったところにこんなパネル説明があります。しかし、なかなか、ピンと来ないお客さんが多いので、

こんなパネルを用意しました。
・順路で次にくる作品が、雲谷等益「四季山水図巻」と、雪舟「四季山水図巻」の実寸大写真であること。
・並ばずに後ろからご覧いただけること。
・並ばない方は、先にお進み頂くこと
以上のことを図示したつもりです。
雲谷等益筆の実物と、雪舟筆の写真とをじっくり見比べていただくと、実に良い勉強になるのはいいのですが、「等益作」と「雪舟筆の実物」とその「写真」、どれがどれだかよくわからなくなって、写真を実物と誤解してしまう方も、いらっしゃるようです。
後から「なんじゃ、雪舟の絵じゃないんか!」と怒ってくる方は今のところいらっしゃらないようですが、なかなか、どう説明したらよいものか…。
とにかく、お時間のある方は、お並びになって最前列でご覧下さいませ。
01:18:57 PM 更新 お急ぎの方は、並ばずに先にお進み下さい。列の後ろからご覧いただけます。
天橋立図を見終わったところにこんなパネル説明があります。しかし、なかなか、ピンと来ないお客さんが多いので、

こんなパネルを用意しました。
・順路で次にくる作品が、雲谷等益「四季山水図巻」と、雪舟「四季山水図巻」の実寸大写真であること。
・並ばずに後ろからご覧いただけること。
・並ばない方は、先にお進み頂くこと
以上のことを図示したつもりです。
雲谷等益筆の実物と、雪舟筆の写真とをじっくり見比べていただくと、実に良い勉強になるのはいいのですが、「等益作」と「雪舟筆の実物」とその「写真」、どれがどれだかよくわからなくなって、写真を実物と誤解してしまう方も、いらっしゃるようです。
後から「なんじゃ、雪舟の絵じゃないんか!」と怒ってくる方は今のところいらっしゃらないようですが、なかなか、どう説明したらよいものか…。
とにかく、お時間のある方は、お並びになって最前列でご覧下さいませ。
11/16: 展示ケース
今日から、後期展示の開始です。
天橋立図や秋冬山水図など、雪舟の代表作が出ます。

現在、四季山水図巻が展示されている長いケースは、今回の展覧会のために制作されたものです。これは、ケースが完成したばかりの頃に撮影した写真です。ところで、このケースの窓には、どこにも柱がありません。そのため、16メートルもある四季山水図巻を、障害物なく端から端までご覧いただけます。
しかし、このような展示ケースを作るのは、口で言うほど簡単な事ではありません。片側を柱なしで、これだけ長距離のガラス面を作るためには、普通に木枠だけで作るだけでは強度がたりません。

そこで、骨組みには鉄骨を用いてケースを作りました。
鉄骨や、壁面をあらかじめ工場で制作し、会場で組み立てるというプレハブ工法で、工期を短縮し、突貫工事で組み立てられました。それで、1ヶ月で、今回のような大がかりな造作が完成したのです。ひと月も美術館を休みにしていたのは、会場内の特設展示ケースの組み立てに時間がかかっていたからなのです。
10:26:04 PM 更新 天橋立図や秋冬山水図など、雪舟の代表作が出ます。
現在、四季山水図巻が展示されている長いケースは、今回の展覧会のために制作されたものです。これは、ケースが完成したばかりの頃に撮影した写真です。ところで、このケースの窓には、どこにも柱がありません。そのため、16メートルもある四季山水図巻を、障害物なく端から端までご覧いただけます。
しかし、このような展示ケースを作るのは、口で言うほど簡単な事ではありません。片側を柱なしで、これだけ長距離のガラス面を作るためには、普通に木枠だけで作るだけでは強度がたりません。
そこで、骨組みには鉄骨を用いてケースを作りました。
鉄骨や、壁面をあらかじめ工場で制作し、会場で組み立てるというプレハブ工法で、工期を短縮し、突貫工事で組み立てられました。それで、1ヶ月で、今回のような大がかりな造作が完成したのです。ひと月も美術館を休みにしていたのは、会場内の特設展示ケースの組み立てに時間がかかっていたからなのです。
11/15: 特別協力:セントラル硝子 その2

本日15日は展示替えのため、会期中ただ1日の休館日です。
後期からの展示となる天橋立図がケース内にかけられ、照度調整のため、照明を消しています。
すると、展示作業のためにつけた2階の照明と展示ケースがガラスに写りこんいるじゃありませんか。ケース内の照明をつけていたときには、全く気づかなかったのに…。
実は、昨日お客様から苦情が出たのは、このことでした。会場内のケースのガラスに写り込みが出てひどすぎるという、お叱りだったのです。
そして、白い展示室の問題点とは、ガラスへの写り込みが強くなる ということだったのです。
この問題点を克服するために必要だったのは、出来るだけ反射しない低反射ガラスを使用することでした。
幸い、今回の特別協力いただいたセントラル硝子株式会社から、低反射ガラスを提供いただき、一階の展示室では、ほとんど写り込みのない展示を実現することが出来たのです。
(最初に、悪い例を出してしまいましたが、周囲の照明を消して、ケースの電灯を付ければ、ほらこの通り。

さすがは、低反射ガラス。写りこみはほとんど気になりません。セントラル硝子さん、本当にありがとうございました。)
しかし、その低反射ガラスをもってしても、100パーセントガラス面の反射をなくして、ものが写りこまなくすることは、不可能なのです。(無反射のガラスは、目玉が飛び出るぐらい高価です。それに、あまり透明すぎると、みんな頭をぶつけたりして、危険です。)
白い展示室では、出来るだけ照度を下げて、光源となるものがガラスに写りこまないようにすることで、ある程度この問題は克服出来ました。
しかし、ガラスの展示ケースが対面している2階の展示室では、この問題を完全に解決することはできませんでした。おそらく、この問題は、よほど高性能・高額な低反射ガラスを用いない限り、解決出来ないでしょう。ガラスケースが対面しない工夫も必要でしょうが、展示スペースの都合上、どうにもならない点もあります。
結果として、ケース展示で、多少の写りこみはあっても、「白い壁で照度を落としても見やすい展示」を優先せざるを得ませんでした。
言い訳がましい話ばかりで恐縮ですが、今後とも、様々な工夫を研究して、より作品の見やすい展示方法を検討していきたいと思っております。
11/14: 白い奇跡
今日で、会期前半終了。
12日までの国宝四季山水図巻に続いて、東京国立博物館所蔵の山水図(通称:破墨山水図)の展示も終了します。(名残惜しい…)

今日も朝から、中学生諸君が展覧会を見に来てくれています。
さて、以前、このブログで一階の展示室が白いことについて話したことがありました。この展示室内から、ケース内に至るまで、真っ白にした展示デザインは、とくに古美術研究者には、評判がよくありませんでした。
知り合いの研究者からは、
「美術館の展示だなぁ」
と言われました。現代的な格好よさ はあるが、作品の雰囲気にあわないというニュアンスを含んでいました。
「ケース内の白い壁面がまぶしくて、作品の鑑賞を邪魔する」
という意見も聞きました。
これらの意見も、 <ごもっとも> であります。
しかし、一つだけ、こちら側の <言い分> として、言わせていただきたいことがあります。
それは、
「『暗くて作品が見えない!』という、よくお年寄りから寄せられる苦情が、寄せられていません」
ということです。
白い展示室は、暗くても明るく見えるという利点があることは、前にも書きました。展示室の暗さも前に述べたとおりです。そのため、照度がかなり低いにもかかわらず、白いおかげで作品全体に光が回って、その結果作品が明るく見えるのです。また、展示室が明るく見えるため、展示室内の照明を少なくして、ケース内だけ明るく見えるように出来るのです。展覧会を見に来た知り合いの学芸員に、四季山水図巻の本紙(絵が描いてある部分)に当たっている照度が50~60ルクス程度だと言うと、みな一様に驚いていました。
一般に「古美術の展示に白い壁面はあわない」と考えられていますが、海外からの展覧会などで極端に低い照度を要求される場合などに、白い壁の展示は、古美術の展示にも非常に有効ではないかと思います。
し・か・し…
この白い壁には、一つ大きな問題点があります。
実は、本日そのことで、お客様からお叱りを受けました。この話は、また今度いたします。
10:04:32 AM 更新 12日までの国宝四季山水図巻に続いて、東京国立博物館所蔵の山水図(通称:破墨山水図)の展示も終了します。(名残惜しい…)

今日も朝から、中学生諸君が展覧会を見に来てくれています。
さて、以前、このブログで一階の展示室が白いことについて話したことがありました。この展示室内から、ケース内に至るまで、真っ白にした展示デザインは、とくに古美術研究者には、評判がよくありませんでした。
知り合いの研究者からは、
「美術館の展示だなぁ」
と言われました。現代的な格好よさ はあるが、作品の雰囲気にあわないというニュアンスを含んでいました。
「ケース内の白い壁面がまぶしくて、作品の鑑賞を邪魔する」
という意見も聞きました。
これらの意見も、 <ごもっとも> であります。
しかし、一つだけ、こちら側の <言い分> として、言わせていただきたいことがあります。
それは、
「『暗くて作品が見えない!』という、よくお年寄りから寄せられる苦情が、寄せられていません」
ということです。
白い展示室は、暗くても明るく見えるという利点があることは、前にも書きました。展示室の暗さも前に述べたとおりです。そのため、照度がかなり低いにもかかわらず、白いおかげで作品全体に光が回って、その結果作品が明るく見えるのです。また、展示室が明るく見えるため、展示室内の照明を少なくして、ケース内だけ明るく見えるように出来るのです。展覧会を見に来た知り合いの学芸員に、四季山水図巻の本紙(絵が描いてある部分)に当たっている照度が50~60ルクス程度だと言うと、みな一様に驚いていました。
一般に「古美術の展示に白い壁面はあわない」と考えられていますが、海外からの展覧会などで極端に低い照度を要求される場合などに、白い壁の展示は、古美術の展示にも非常に有効ではないかと思います。
し・か・し…
この白い壁には、一つ大きな問題点があります。
実は、本日そのことで、お客様からお叱りを受けました。この話は、また今度いたします。
11/13: 色温度~雪舟・四季山水図巻は毛利博物館で

本日から雪舟「四季山水図巻」にかわって、雲谷等益「四季山水図巻」(伝雲谷等顔「山水長巻模本」)が展示されます。雪舟のものと見比べていただくために実寸大の写真も展示しております。
「なんだ、雪舟がないのか。」などとおっしゃらず、一度ご覧になって下さいませ。見比べながら見るのも楽しいモノです。(意外とみなさん熱心にご覧になっておられるので、ちょっと安心しました)。「わしは、雪舟のほうが見たいんじゃ」という方は、会期中30日まで、防府の毛利博物館でご覧になれます。
今回は、毛利博物館での展示と入れ替えということで、当館から作品をお戻しして、そのまま展示室に広げて、本日から公開出来る状態にして、お返ししました。毛利博物館の展示室に展示された雪舟の四季山水図巻を見て、
「あれ?」
と思いました。展覧会会場で見るのと紙の地の色が違って見えるのです。当館では、紙の地が少し茶色に見えていましたが、毛利博物館の展示では、紙の地がより白っぽく、きれいに見えるのです。これは、周囲の壁の色が違うとか、色々理由はあるのでしょうが、どうやら、照明の光の色合いが違っていることが、最大の理由のようです。
色合いの話はLED照明の時にもちょっとお話ししましたが、もう少し詳しくお話ししましょう。ちょっと難しい話(自分でもよくわかってないところがあります)になりますが。
人間が目に感じることの出来る可視光線(かしこうせん)は、色々な波長の光線が混ざって出来ています。人間の目は、物体に反射した光を受けて、その物体の色を認識するわけです。
太陽や月のような自然光と、電球やろうそくなどの人工光がありますが、それらは光の混ざり具合が違っています。したがって、その光の波長の違いによって色が違って見えるわけです。同じ太陽の光でも、夕焼け時には、赤みがかって見えるのは良い例です。
こうした、色合いの違いをあらわす単位を「色温度」と言って、温度の単位K(ケルビン)であらわします。
何で温度なのか。取りあえず手元にあった『新明解国語辞典』(第4版)で引いてみると「光の色を、その光を出している物体の絶対温度で表したもの。」とあります。(恥ずかしながら、私には何のことか、さっぱりわかりません。)
ともかく、どんな照明がどんな色温度かといいますと、
6,500K=曇天の太陽光
4,000K=満月
2,700K=白熱電球
3,100K=ハロゲンランプ
1,900K=ろうそく
こんな具合になるそうです。
だいたい、炎の温度と同じで、赤みの強い光ほど色温度が低く、青みの強い色ほど、色温度が高いようです。
そして、標準の色調というのは、曇天の太陽光の下で見たときの色合いなのだそうです。つまり、下の写真のような色合い(カメラの性能にもよるのですが)ということになります。ちなみに晴天時は、曇天時よりも赤みの強い色で5,000Kぐらいになるそうです。

色温度の違いは、人間の目以上に、フィルムやデジタル画像では、よりはっきりとうつります。デジカメを太陽光での撮影モードのまま、会場内を撮ってみました。

入り口付近では、ハロゲンランプの照明を使っていますが、人間の目で見る以上に赤みがかって写ります。写真のフィルムは、通常、太陽光の色温度に合わせて色が出るようになってますから、適正な色温度よりも低いと、赤っぽく写ってしまいます。部屋の中でストロボなしで撮った写真が赤っぽくなってしまうのはそのためです。だから、ビデオやデジカメには、ホワイトバランスを補正する機能があるのです。
今回の展覧会では、展示室では蛍光灯を使っています。
この照明に使っている蛍光灯の色温度の違いが、毛利博と当館での見え方の違いになったのでしょう。
これは、どちらが正しいとか、いいわるいという問題ではありません。(好き嫌いも分かれるでしょうし)
ともかく、作品の見え方というのは、光の種類によってずいぶんちがうのだと言うことがよくわかりました。
色温度については、色々話したいことがありますが、今日はこのぐらいにしておきます。
11/12: 四季山水図巻の列
毛利博物館所蔵 雪舟筆「四季山水図巻」(通称:山水長巻)の展示は、今日までとなります。
明日からは、防府・毛利博物館にてご覧いただけます。
①四季山水図巻展示ケース(画像明るめに補正)
このケースの前にだけは、長蛇の列が出来ております。実は、あまりに多くの方が、ケースの前に並ばれるので、柵を設けて、ケース最前列でご覧になりたい方にだけ、お並びいただくようにして、お急ぎの方、肩越し・遠目にご覧になる方は、柵の後ろからご覧いただくことにしました。
②最前列で見る人と柵越しに後ろから見る人
したがって、並ばれてみる方は、ガラスケースの前でご覧いただけますが、そうでない方は、並ばずに、後ろのほうから自由に覧いただくというシステムになっています。
そして、最前列でご覧になる方に並んでいただいたところ

ケースの裏側に長い列ができ、

列の最後尾(写真中赤い看板)は、ケースの反対側にまで達しました。(11/1~7日までとは違う並び方になっています。)
日によっては、50分程度作品をご覧いただくのに時間がかかった時もありました。
また、今回のような並び方の方式は、当館でも(たぶん)初めてのケースで、お客様にとっても初めてのケースと言うこともあり、十分に事情の説明が伝わらず、ご迷惑をおかけしました。今後、工夫をこらして、よりわかりやすい方式で、お客様の誘導を出来るよう努力して行きます。
ただ
「立ち止まらないでください。」
といってベルトコンベア式でお客様を誘導するようなことだけは、したくなかったという事情だけ、ご理解いただければ、幸いです。
12:22:18 PM 更新 明日からは、防府・毛利博物館にてご覧いただけます。
①四季山水図巻展示ケース(画像明るめに補正)このケースの前にだけは、長蛇の列が出来ております。実は、あまりに多くの方が、ケースの前に並ばれるので、柵を設けて、ケース最前列でご覧になりたい方にだけ、お並びいただくようにして、お急ぎの方、肩越し・遠目にご覧になる方は、柵の後ろからご覧いただくことにしました。
②最前列で見る人と柵越しに後ろから見る人したがって、並ばれてみる方は、ガラスケースの前でご覧いただけますが、そうでない方は、並ばずに、後ろのほうから自由に覧いただくというシステムになっています。
そして、最前列でご覧になる方に並んでいただいたところ

ケースの裏側に長い列ができ、

列の最後尾(写真中赤い看板)は、ケースの反対側にまで達しました。(11/1~7日までとは違う並び方になっています。)
日によっては、50分程度作品をご覧いただくのに時間がかかった時もありました。
また、今回のような並び方の方式は、当館でも(たぶん)初めてのケースで、お客様にとっても初めてのケースと言うこともあり、十分に事情の説明が伝わらず、ご迷惑をおかけしました。今後、工夫をこらして、よりわかりやすい方式で、お客様の誘導を出来るよう努力して行きます。
ただ
「立ち止まらないでください。」
といってベルトコンベア式でお客様を誘導するようなことだけは、したくなかったという事情だけ、ご理解いただければ、幸いです。
11/11: 11日で5万人突破!
本日午前11時過ぎ。本展覧会5万人目の入館者をお迎えすることができました。有難うございます

国宝・雪舟等楊筆「四季山水図巻」は、当館での展示は明日までとなります。
11:58:12 AM 更新 
国宝・雪舟等楊筆「四季山水図巻」は、当館での展示は明日までとなります。
11/10: マニア必携 研究図録
今回の展覧会では、普通の図録を一般向けの図録と位置づけ、これに対して、専門家向けに最新の研究成果を盛り込んだ『研究図録』を作っております。
この図録
『雪舟等楊-「雪舟への旅」展 研究図録』
は、7,500円で販売しております。
この図録、展覧会の図録としては、確かに高価ですね。
しかし、これを専門書としてみたら、実はずいぶん安価なのです。
一般に、こういった学術的な専門書は発行部数が少ないため、このぐらいの大きさの本だったら、2~3万円ぐらいはするのが当たり前です。それが、1万円を切る価格での販売なのです。一般書籍としてもハードカバーがついて、この値段であれば、決して高くはないといえます。
「そんな、専門的知識など要らないから、買う必要はない!」
はたしてそうでしょうか?
この図録には、ほかの本には載ってないモノが色々載ってますよ。
落款(サイン)・印章(ハンコ)はもとより、箱書や附属品の書付まで載せ、解説も、よそのカタログに類を見ないほど詳しいし、最新の学術論文も掲載され、今後雪舟を語るには欠かせない文献であると当館では自負しております。
「そんな、専門的知識など要らないから、買う必要はない!」
はたしてそうでしょうか?
某テレビ局のお宝鑑定の番組がずいぶん長寿の人気番組としてあり、お宝ファンは、たくさんいらっしゃるのではありませんか。雪舟に興味のある人はたくさんいるのではありませんか。
雪舟は、ご承知の通り、真筆と認められるモノは、ほんの一握り。そんな中で雪舟の詳しい資料の載った図録は、雪舟ファン・お宝ファンにとってとても貴重なんじゃありませんか?
雪舟ファンを自認するあなた。
お宝ファンを自認するあなた。
書画骨董好きを自認するあなた。
この図録を手元に置いておかなくてもいいんですか?
買っておいて、損はいたしません。
なお、展覧会終了後は、一般書籍として、中央公論美術出版から販売される予定ですが、現在の価格より高くなります。
今が、買い時です。(中公美術出版さん、ごめんなさい!)
ぜひ、会期中のご購入をおすすめします。
11/10: 次世代照明-LED
今日は、最近テレビや新聞(といっても、ローカルな話題ですが)で話題になっているLED照明の話をしましょう。
①照明ユニット
この展覧会では、当館所蔵の重要文化財「倣李唐牧牛図」二幅と、岡山県立美術館所蔵の重要文化財「倣玉澗山水図」一幅の三点に、この照明が使われています。こんなぐあいに、小さなLEDの球を約1,000個近く並べた照明ユニットを使っています。
②白色発光ダイオード
最近懐中電灯にもよく使われるようになった白色LED(発光ダイオード)ですが、今回の照明で使われている発光ダイオードとどう違うのでしょうか。
LEDを開発した山口大学の田口常正先生によると、従来のLEDでは、正しい色合いが出せなかったのだそうです。
詳しい仕組みは、わかりませんでしたが、LEDの白色の光は、赤・緑・青の三原色を混ぜ合わせて色を作るのですが、この色がうまく混ざり合わないため、従来のLEDでは、ライトの当たっている中心と周縁で色が違ってしまい、とても美術品の照明に使えるものではなかったというのです。
今回の照明は医療用に開発が進められたもので、患部の色が正しい色で見えなければ話になりません。
そのような従来のLEDに対し、色ムラのない、正しい色で、かつ用途に応じた色合いに作ることが出来るようにしたもの。これが、田口先生の研究室が開発したLEDなのです。
何と言うことのない話に聞こえるかも知れませんが、これは画期的な技術なのです。
③光の向きを調整中
LED照明の優れた点は、色合いの問題だけではありません。LEDの球は、一つ一つがスポットライトのような集光型の光ですが、小さな光がたくさん集まると、蛍光灯のような柔らかい光になるのです。したがって、スポットライトの集光性と蛍光灯の散光性を兼ね備えた照明となるのです。
スポットライトのような強い光は、モノがより立体的に見えますが、影がきつくでます。蛍光灯は、柔らかい光ですが、ともするとモノが平板に見えてしまうことがあります。
LED照明は、その両方の長所をとったものでした。柔らかい光でより立体的に見える光線を出せるのです。光の向きは、写真③のようにして、手で少しずつLEDの向きを変えていって、光をあてたい場所にあてていくのです。(けっこうアナログな作業です)
④実際の展示
蛍光灯の照明とLED照明のところと見比べてみますと、他の展示よりも、より自然な灯りで見ていただくことができます。これは、色味がよく見えるだけではありません。集光性と散光性を兼ね備えたLEDの特性が、作品の色や表面の質感までも浮き上がらせて見せてくれるのです。
この照明は、照明の効果が優れているというだけでなく、赤外線・紫外線をほとんど出さず(従って熱も持たず)、しかも、消費電力は、蛍光灯の1/6程度。耐久性も優れ、今までの電球や蛍光灯の何倍も寿命が長持ちします。まさに次世代の照明と呼ぶに相応しいものなのです。
照明の話をしていますと、「色合い」の問題について、もう少し詳しく説明しなければいけませんね。色合いのことを、専門的な言葉では「色温度」といいます。
デジカメやビデオについている、ホワイトバランスとかと関係するものですが、これについては、また、いずれ。
09:18:46 AM 更新
①照明ユニットこの展覧会では、当館所蔵の重要文化財「倣李唐牧牛図」二幅と、岡山県立美術館所蔵の重要文化財「倣玉澗山水図」一幅の三点に、この照明が使われています。こんなぐあいに、小さなLEDの球を約1,000個近く並べた照明ユニットを使っています。
②白色発光ダイオード最近懐中電灯にもよく使われるようになった白色LED(発光ダイオード)ですが、今回の照明で使われている発光ダイオードとどう違うのでしょうか。
LEDを開発した山口大学の田口常正先生によると、従来のLEDでは、正しい色合いが出せなかったのだそうです。
詳しい仕組みは、わかりませんでしたが、LEDの白色の光は、赤・緑・青の三原色を混ぜ合わせて色を作るのですが、この色がうまく混ざり合わないため、従来のLEDでは、ライトの当たっている中心と周縁で色が違ってしまい、とても美術品の照明に使えるものではなかったというのです。
今回の照明は医療用に開発が進められたもので、患部の色が正しい色で見えなければ話になりません。
そのような従来のLEDに対し、色ムラのない、正しい色で、かつ用途に応じた色合いに作ることが出来るようにしたもの。これが、田口先生の研究室が開発したLEDなのです。
何と言うことのない話に聞こえるかも知れませんが、これは画期的な技術なのです。
③光の向きを調整中LED照明の優れた点は、色合いの問題だけではありません。LEDの球は、一つ一つがスポットライトのような集光型の光ですが、小さな光がたくさん集まると、蛍光灯のような柔らかい光になるのです。したがって、スポットライトの集光性と蛍光灯の散光性を兼ね備えた照明となるのです。
スポットライトのような強い光は、モノがより立体的に見えますが、影がきつくでます。蛍光灯は、柔らかい光ですが、ともするとモノが平板に見えてしまうことがあります。
LED照明は、その両方の長所をとったものでした。柔らかい光でより立体的に見える光線を出せるのです。光の向きは、写真③のようにして、手で少しずつLEDの向きを変えていって、光をあてたい場所にあてていくのです。(けっこうアナログな作業です)
④実際の展示蛍光灯の照明とLED照明のところと見比べてみますと、他の展示よりも、より自然な灯りで見ていただくことができます。これは、色味がよく見えるだけではありません。集光性と散光性を兼ね備えたLEDの特性が、作品の色や表面の質感までも浮き上がらせて見せてくれるのです。
この照明は、照明の効果が優れているというだけでなく、赤外線・紫外線をほとんど出さず(従って熱も持たず)、しかも、消費電力は、蛍光灯の1/6程度。耐久性も優れ、今までの電球や蛍光灯の何倍も寿命が長持ちします。まさに次世代の照明と呼ぶに相応しいものなのです。
照明の話をしていますと、「色合い」の問題について、もう少し詳しく説明しなければいけませんね。色合いのことを、専門的な言葉では「色温度」といいます。
デジカメやビデオについている、ホワイトバランスとかと関係するものですが、これについては、また、いずれ。
11/09: 作品保護のため会場を暗くしています
本日は、朝から学校の見学がありました。制服の生徒さんたちが熱心に絵を見ています。
少し前のブログで会場の暗さの話をしました。みなさんは、これまでいろんな展覧会の会場で、今日のブログのタイトルのような表示を見かけませんでしたか。
作品保護のためにどうして、会場を暗くしなければいけないのでしょうか?
せっかくの作品がよく見えなくなってしまうぢゃないですか?
作品は、光があたらなければ、見えません。しかし、作品は、光があたれば、確実に色があせていくのです。本棚の本が、背表紙だけ色があせてしまっているのを見たことがありませんか。紙や絹に描かれた絵は、みな同じように光によって色があせていくのです。さらに、油絵にくらべて日本画の絵の具は、より光に弱いのです。
それから、新聞紙が日に焼けて色が茶色になっているのを見たことがありませんか。同じように、どんな良質の紙でも、光に当たる事で少しずつ焼けて変色・劣化していくのです。
そこで、国宝や重要文化財の公開にあたっては、ある基準を決めて、出来るだけ、作品をいためないようにしながら、作品を後世に伝えようとつとめているのです。
明るさの単位(照度)は、ルクス(lux記号はlx)という単位が使われています。その定義は辞書をみても、よくわかりませんが、だいたいローソク1本で1㍍四方を照らすぐらいの明るさなんだそうです(間違ってたらすみません)。月明かりがだいたい1lx。明るいオフィスが400lx。晴天時、直射日光の当たっていない窓際の壁で1000lx以上あります。
今回の展覧会では、まず、照度100lx以下をめざしました。先に述べた例からいっても、かなり暗いことがわかるでしょう。しかし、照度は展示ケース内でも一定ではありません。ケース内の光源に近い場所と遠い場所では明るさも違ってきます。この場合、暗い場所で明るさを決めるわけにはいきません。一番明るいところで何ルクスになるかで決めなければなりません。それから、作品によって明るさが違うと、目が慣れませんので、会場全体の明るさも均等にしなければなりません。
そうやって明るさを調節していったところ、結局、暗いところでは、50lx前後の明るさになってしまったのです。
作品にとっては、大いに結構なことなのですが、見る側にとってはどうでしょうか?
よく「展示物が暗くて見えない」という苦情は、高齢者の方から聞かれます。人間は、高齢になるほど、見え方が、だんだん茶色のサングラス(専門的に言うと色温度の低く補正するフィルター)をかけたときの状態に近付くといいます。つまり、若者よりも暗く・赤っぽく見えているということです。実際にサングラスをかけて暗い展示室を歩いてみればわかります。お年寄りが作品が見えないというのは、当然の事なのです。
それにもかかわらず、今回の展覧会では、今日のブログのタイトルのような標識を作っていません。
それは、どうしてでしょうか。つづきは、また今度。
11/08: 今日から有料(ただし70歳以上18歳以下無料)
(開館直前の入口)昨日までの教育文化週間中は、たいへんな盛況でした。
本日からは、有料になりますので、ご了承下さい。
(ただし、18歳以下、70歳以上の方、および高等学校、盲・ろう・養護学校に在籍の方は無料)
昨日までは、開館前から長蛇の列が出来ましたが、本日はとてもしずかです。
しかし、今日来られた方は、見やすかったはずです。昨日までは凄まじい混み具合でした。四季山水図巻をケース最前列でご覧いただく方には、昨日は最大50分お待ちいだいたこともありましたが、今日は昼間でも5~10分ぐらいでご覧いただけました。
会期前半、今週の平日(11/8~10)が、一番すいててみやすいのではないでしょうか。それも夕方が。
(開館直後の館内)でも、開館の9時から、チケットを買ったお客さんがいらっしゃるというのは、有難いものです。しかし、そういうお客さんは、同時に我々にとっては、こわい存在でもあります。より厳しい評価をうけることになるからです。
わざわざお金を払って、朝早く来られる方は、それだけ展覧会を見ることに対して、気合いが入っているということですから。
タダなんだから仕方がないという言い訳は通じないからです。
(もちろん、私たちも無料期間だからって、手を抜いてなんかいませんが…)
むろん、我々も、お客様の期待に応えるべく日夜奮闘して来たつもりですが、至らないことも色々あるかと思います。
来館者の期待に添うべくこれまでやってきた努力の一環も、このてくTech日記では紹介していこうと思っています。
11/07: 7日間で3万人突破!

本日午前11時過ぎ。本展覧会3万人目のお客様をお迎えすることが出来ました。
教育文化週間の無料期間という短期間に、多くの方々にご来館いただいたこと、厚く御礼申し上げます。
11/06: Snow White

壁から床まで真っ白にするという案は、この展覧会の会場デザイナーから出されたものです。
しかし、この雪舟展会場デザインについては、展覧会中に来られた方々からは、賛否両論で色々な意見が出ています。
「無機質で冷たい」「白がまぶしくて作品が見えにくい」「作品の雰囲気を壊す」といった厳しいご意見も頂戴しました。たしかに見た目の演出としては好き嫌いが分かれるかもしれません。
ただ、一つだけ、この白壁・白床の展示室の利点を、あげさせていただきたいのです。それは「暗くても、明るく見える」ということです。
先日撮った、人のいない会場風景と、現在の混み合っている会場風景を見比べてみるとわかりますが、人の姿が真っ黒にしかうつらないほど、会場内は暗いのです。しかし、人がいないとけっこう明るく見えます。
白という色は、光を最も反射する色です。(逆に黒は最も光を吸収する色です。)ですから、壁に当たったわずかな光でもよく反射して展示室全体に光が回るのでしょう。ですから、実際にはかなり暗くても、なんとなく明るく感じるのです。
では、なぜ、こんなに会場を暗くするのか?
この話は、またいずれ。
11/05: Snow Boat


この写真は、本日の開館前に撮った写真です。会場内の風景は何度か「やじうま日記」の中で出てきましたが、人がいないときに撮ると、こんなかんじになります。
壁やケースが特設ということは、時折ありますが、今回の展示では、さらに床まで白いシートを貼って白くしました。どこか雪の中の世界とでもいいましょうか。ふだんの美術館とは違う異世界に来たような感じがします。
「無機質すぎないか」という声もありましたが、どこか雪明かりににた、ほのかさみたいなものもあるのではないかと思っています。
11/04: 特別協力 セントラル硝子株式会社
さて、そろそろ会場内の様子を紹介しながら、展示の工夫を色々とご紹介していきましょう。

中にはいると、中は全く別世界。展示室一階は、床も壁も真っ白。雪の中の世界です。そして、ガラスの展示ケース。古美術の作品は、油絵などに比べて、作品が弱いため、作品を保護するために、ガラスの展示ケースに入れて展示しなければいけないので、今回の展示ケースのほとんどは、展覧会のために、特別に作ったものです。

このケースを作るにあたっては、膨大な量のガラスが必要になりました。そこで、このたび、セントラル硝子株式会社から展示ケースに使うガラスを提供していただいたのです。
特別協力として、展覧会にご協力いただくことが決まるのが会期間近のことで、展覧会のチラシには入っておりませんが、この場を借りて、お知らせと御礼を申し上げます。
12:42:04 PM 更新 中にはいると、中は全く別世界。展示室一階は、床も壁も真っ白。雪の中の世界です。そして、ガラスの展示ケース。古美術の作品は、油絵などに比べて、作品が弱いため、作品を保護するために、ガラスの展示ケースに入れて展示しなければいけないので、今回の展示ケースのほとんどは、展覧会のために、特別に作ったものです。
このケースを作るにあたっては、膨大な量のガラスが必要になりました。そこで、このたび、セントラル硝子株式会社から展示ケースに使うガラスを提供していただいたのです。
特別協力として、展覧会にご協力いただくことが決まるのが会期間近のことで、展覧会のチラシには入っておりませんが、この場を借りて、お知らせと御礼を申し上げます。
11/03: 雪舟の魅力を語る
会場の外も中も、大混雑。
そんな最中、午後三時半から、隣の図書館講座室にて
千宗屋さんと山下裕二さんの
「対談―雪舟の魅力に迫る」
が行われました。

06:10:21 PM 更新 そんな最中、午後三時半から、隣の図書館講座室にて
千宗屋さんと山下裕二さんの
「対談―雪舟の魅力に迫る」
が行われました。

11/02: 夜の美術館 その1
今日は、平日とはいえ、無料期間ということもあって、大勢の方々がお越しになりました。たいへんな混雑で見にくいと思われた方も多いかと思います。
ところが、夕方4時半以降、昼間の混雑がウソのようにガラガラになっていました。5時頃からお越しになれば、ゆっくりと自由にご覧いただけます。夕方5時から7時までの2時間。なかなか、来たくても来られない時間帯かもしれませんが、ゆったりご覧いただけます。
しかも、いまなら、無料。
まさに穴場の時間帯です。明日からの連休は、ぜひ、夜の美術館へ。
なお、明日の午前中は、国民文化祭関係の行事のため、入場規制が行われますので、ご注意下さい。
07:26:03 PM 更新 ところが、夕方4時半以降、昼間の混雑がウソのようにガラガラになっていました。5時頃からお越しになれば、ゆっくりと自由にご覧いただけます。夕方5時から7時までの2時間。なかなか、来たくても来られない時間帯かもしれませんが、ゆったりご覧いただけます。
しかも、いまなら、無料。
まさに穴場の時間帯です。明日からの連休は、ぜひ、夜の美術館へ。
なお、明日の午前中は、国民文化祭関係の行事のため、入場規制が行われますので、ご注意下さい。
11/01: 開館!

11/1ついに展覧会が一般公開となりました。
朝9時の開館前から美術館の入口には列が出来ていました。
初日から大勢の方のご来館感謝いたします。