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    <title>学芸員ブログ | 山口県立美術館</title>
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    <copyright>&#169; 山口県立美術館</copyright>
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      <title>学芸員ブログ | 山口県立美術館</title>
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    <item>
<title>おかえり</title>
<link></link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111110-1110-1.jpg" width="200" height="134" alt="酒垂山" title="酒垂山" /><br />
11月10日<br />
防府天満宮歴史館入口前にて、天満宮と天神山を望む。11月10日<br />
防府天満宮展に御出陳いただいた防府天満宮所蔵の御宝物の数々は、防府天満宮歴史館へと、お戻りになりました。これらの多くは、防府天満宮歴史館の改装工事のため、当館に寄託されていたものです。なかでも、長い間、東京と京都の博物館に預けられていた松崎天神縁起絵巻の1～4巻は、修復完了後、一旦山口県美に寄託され、今回天満宮には、久々の御帰還となります。<br />
展覧会は、お借りしていた宝物が無事ご所蔵者のもとにおもどりになって、一応の終了となります。（もちろん、色々と残務整理はありますが…）これで、一応我々としては、ひと安心というところです。<br />
終わってしまうと、あっというまでした。写真は、その返却作業終了後に、そんな感慨にふけりながら撮ったものです。<br />
<br />
展覧会に行って、よかったな。と思われた方。展覧会を見そびれてしまった方。これからは、天満宮の歴史館に見にいらして下さい。少しずつではありますが、展覧会で見たお宝の数々に出会えますよ。<br />
<br />
防府天満宮歴史館は、来年正月にリニューアルオープンします。<br />
]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Thu, 10 Nov 2011 23:53:41 +0900</pubDate>
<usrDate>11/10</usrDate>
</item><item>
<title>御礼</title>
<link></link>
<description><![CDATA[防府天満宮展、昨日をもって無事閉幕致しました。<br />
ご来場くださった皆様、<br />
ほんとうに、ありがとうございました。<br />
<br />
<br />
「展覧会　終わってみれば幻のよう」<br />
<br />
とは諸先輩の言ですが、<br />
閉幕を迎えて、寂しいというか切ない気持ちで<br />
いっぱいです…。<br />
<br />
<br />
とはいえ感傷に浸る暇もなく、<br />
今日から作品・造作の撤去が、はじまりました。<br />
<br />
遠足同様、おうちに帰るまでが展覧会。<br />
ほんとうに終わるのは、<br />
無事、作品をご所蔵者のもとまで送り届けるまで。<br />
天神さまは防府へとお帰り頂きます。<br />
<br />
<br />
展覧会はここまでですが、<br />
作品はこれからもこの山口で伝えられていきます。<br />
<br />
防府天満宮では、もうすぐ御神幸祭も行われる<br />
一年でも特ににぎわう季節。<br />
<br />
皆様がまた新たな興味関心をもって、<br />
作品が伝えられてきた場所を訪れて下さればと<br />
願うばかりです。<br />
<br />
<br />
さぁ～週末からは次の展覧会（県美展）の搬入がはじまりますよ～]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Mon, 7 Nov 2011 12:59:24 +0900</pubDate>
<usrDate>11/07</usrDate>
</item><item>
<title>おわってしまった…</title>
<link></link>
<description><![CDATA[本日午後5時半<br />
（開館時間を30分延長）<br />
<br />
防府天満宮展　ついに閉幕いたしました。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111106-1106-2.jpg" width="200" height="150" alt="入口" title="入口" /><br />
入口の大きなドアが閉まっていきます。<br />
<br />
以前の展覧会でも、おなじような事をブログに書きましたが、今回もまた、一抹の寂しさを感じながら、この光景をながめています。<br />
<br />
長いようで短い期間の展覧会でしたが、あらためて、お越しいただいた皆様にあつくお礼を申し上げます。(展覧会総入場者数　21,708人）<br />
<br />
展覧会が終わり、宝物は防府天満宮に戻ります。<br />
そして、来年正月<br />
防府天満宮歴史館のリニューアルで、防府天満宮のお宝に再会できます。今回の展覧会で、防府天満宮のお宝に関心を持たれたら、ぜひ、防府天満宮歴史館にも立ち寄って下さいませ。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sun, 6 Nov 2011 17:46:15 +0900</pubDate>
<usrDate>11/06</usrDate>
</item><item>
<title>Don&apos;t Let It End!</title>
<link></link>
<description><![CDATA[菅公は自らの無実を天に訴え　ついに「天満大自在天神」となった。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111105-tenpaizan.jpg" width="300" height="121" alt="天拝山" title="天拝山" /><br />
この世界には、理不尽なことがあふれています。非業の最期を遂げた人もいっぱいいます。<br />
右大臣にまで昇進する栄達を遂げながら、左遷され、太宰府で没した菅公も、非業の最期を遂げた人の一人といえます。<br />
偉大な人物が、非業の死をとげる。そんな理不尽が許されていいのか。<br />
このような「判官贔屓」の心情こそ、天神さまが時代を超えて信仰されてきた理由の一つです。<br />
瀬戸内に天満宮が数多くあるように、東北には義経生存伝説があるのは、どちらも、人々の「判官贔屓」の心情が作用しているのです。<br />
日本だけではありません。道教では『三国志』の関羽が、関帝廟に祀られています。やはり「非業の死を遂げた英雄」です。中国には、数多くの非業の死を遂げた英雄がいます。雅楽演奏会の舞楽でも舞われた「蘭陵王」、すなわち北斉の蘭陵王高長恭もまた、武勇を馳せながら皇帝に疎まれ非業の死を遂げた英雄です。舞楽として伝えられてきたのは、彼の悲劇の生涯と無関係なはずはありません。<br />
<br />
かかる理不尽を、天は黙って見過ごすというのか。<br />
理不尽な行為をなすものに対し、神は何も罰しないのか。<br />
<br />
このまま終わらせてはいけない。終わるはずはない。<br />
そんな人々の思いは、全世界に満ちあふれているのです。昔も今も。<br />
<br />
天神信仰もまた、非業の死を遂げた英雄への人々の同情、というより「共感」というものが、根底にあるのです。理不尽な結末で終わらせてはいけない。それほど、世の中には理不尽があふれているのですから。<br />
<br />
<br />
（天神信仰の成立には、色々と複雑な経緯があり、簡単には語れませんが、その説明については、カタログ参考文献に紹介した天神信仰関係の本をごらんください。ちなみにDon't let it endという英語は、Styxの1983年に発表した曲のタイトルです。）<br />
]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sun, 6 Nov 2011 16:43:00 +0900</pubDate>
<usrDate>11/06</usrDate>
</item><item>
<title>西に菅公　東に判官</title>
<link></link>
<description><![CDATA[西日本の瀬戸内の海岸線には、数多くの天満宮があります。<br />
それらの天満宮は、防府天満宮同様、菅公が太宰府へ流される途中に立ち寄った場所という伝承があります。<br />
<br />
どうして、そんなに多くの天神さまがあるのでしょう。いくら江戸時代に寺子屋が普及したからって、それは、海際にまつられていることの説明にはならないでしょう。やはり、無実の罪で流された菅公の悲哀への共感というものが、大きな理由でしょう。<br />
<br />
これは、一種の「判官贔屓」ともいえましょう。<br />
判官びいき、つまり源義経ですが、実は、こちらも東北各地に、義経生存伝説をのこしています。平家打倒の功労者でありながら、兄頼朝に疎まれ、ついに衣川館で自刃したとされる義経は、実は生き延びて蝦夷地（北海道）に渡り、さらに大陸に渡って成吉思汗（チンギス・ハン）となったといいます。<br />
その義経が、生き延びて北へと向かう途中立ち寄った場所もまた、東北各地にあります。<br />
<br />
菅公と判官、ともに悲劇の最期を遂げた人であり、諸国を流浪した人でありました。そこに共通するのが、「客人」として各地に訪れる[放浪者(EXILE)]という点です。<br />
「地方に立ち寄った偉人」をしのぶという心情は、義経、西行、芭蕉、水戸の隠居…、柴又の…、昨年の大河ドラマ…などなど、現代にまで通じる共通の心情といえるようです。これについては、本展覧会図録所収の鈴木幸人先生「在地天神縁起絵と天神信仰」をご参照下さい。<br />
（図録も買ってね！2,000円でこのボリューム。お買い得でっせ！）<br />
<br />
そう考えてみると、山口県長門油谷にある楊貴妃の里も、こうした伝説の一つなのかもしれません。実際、この場所に行ってみると、何となく楊貴妃がここまで逃げてきてもおかしくないなと、思わせるような、美しい景観が広がっています。<br />
<br />
防府勝間浦もまた、かつて菅公が立ち寄っただけでなく「また還ってくるに違いない」と思わせるような場所だったのでしょう。<br />
]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sun, 6 Nov 2011 11:15:00 +0900</pubDate>
<usrDate>11/06</usrDate>
</item><item>
<title>今日でおわり</title>
<link></link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111106-1106-1.jpg" width="230" height="100" alt="開館前" title="開館前" /><br />
すでに開館前から人がいます。<br />
ついに今日が最終日。とにかく、お見逃しないように。]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sun, 6 Nov 2011 09:43:17 +0900</pubDate>
<usrDate>11/06</usrDate>
</item><item>
<title>役割演技と感情移入　３</title>
<link></link>
<description><![CDATA[絵巻鑑賞は、アニメやマンガよりも、RPGに近いのだという話をしました。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-1104emaki6.jpg" width="230" height="184" alt="絵巻鑑賞" title="絵巻鑑賞" /><br />
このRPG(Role Playing Game)のロール・プレイング（role playing)とは、日本語に訳すと、役割演技といいます。いちばんわかりやすいのは、オママゴトのような「ごっこ遊び」です。ちょっと違ってるかもしれませんが、ロール・プレイングは、おおざっばにいえば、大人がむりやりやる「ごっこ遊び」といったところでしょうか？<br />
なんでも、モレノJacob Levy Moreno　（1892―1974）という人が言い出したんだそうで、心理劇的・集団治療法の技法のらしいですが、今は、会社などで教育訓練にも用いられるのだそうです。ネット等で調べただけでは、難しい説明で、なんだかわからなかったですが、主役と脇役を交互に演じるなど、いろんな役を演じさせられることで、そこに感情移入したり、共感したりして、自分の存在や役割などを自覚させ、社会性を身につけさせるもの。…らしいです。（まちがってたら、ごめんなさい。）<br />
<br />
絵巻などの物語美術(narative art）は、まず物語があって、それに基づいて絵が描かれますが、その絵は、アニメのように、キャラクターが全部演じてくれません。<br />
絵巻の世界を読み解くには、一種独特の絵巻を読む「文法」があります。その重要な要素は、鑑賞者自らがスクロールさせて見ていく。登場人物に勝手にセリフを付けていくといった、読みこみ。これが、まさにロール・プレイングに近いとおもうのです。そこには、能動的に見ていくことによってのみ出てくる感情移入が生まれるのだと、私は思います。<br />
<br />
<br />
過去の絵画に照らし合わせてみれば、「異時同図法」は、鑑賞者が、絵画の中のキャラクターになって、物語を演じさせるという「読みこみ」があって、なりたつものといえないでしょうか。<br />
再び、RPGを例に出せば、いわゆる「異時同図法」というものは、ゲーム攻略本でゲームの画面をつなぎ合わせて、ステージマップ全体を一つの図版として出したものと考えれば、わかりやすいでしょう。その図版がゲーム上の実際にプレイしている画面をつなぎ合わせたものであれば、それは間違いなく「異時同図法」としてあらわされたものと、我々は理解するはずです。<br />
つまり、「異時同図法」は、アニメのない過去に物語を造形化する上で、出現するべくして出現した物語美術の技法であり、合理的なものだったのです。鑑賞者が役割演技を行い、物語に感情移入していくという鑑賞法によって成り立つものだったのです。<br />
<br />
--------------------<br />
「物語絵巻は、役割演技と感情移入の芸術である」<br />
今回の、絵巻ＲＰＧ論は、私が学生時代に、ある先生の絵巻物（正確には、物語芸術narrative art）の集中講義を受けたときに、思いついたことでした。そのことにつて、思いつくまま、色々書いてみましたが、結局、何が何だか、わけのわからん駄文になってしまいました。すみません。<br />
<br />
これを、心理学・歴史学・芸術学的に体系化して論じることが出来たら、すごい研究になることでしょう。しかし、ごらんのとおり、わたしには、むりでした。<br />
<br />
だれか「われこそわ」という人がいたら、とりくんでみてくださいませ。<br />
絵巻をもっと楽しく見てくれる人をふやすためにも…。<br />
]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sun, 6 Nov 2011 08:44:00 +0900</pubDate>
<usrDate>11/06</usrDate>
</item><item>
<title>あと一日しかない！</title>
<link></link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111105-1105-1.jpg" width="150" height="200" alt="入口" title="入口" /><br />
本日も、会場混雑しております。（といっても11月3日ほどではありません）<br />
といっても、実は、会場入口付近だけです。<br />
どうしても、絵巻第一巻からみようとすると、混んでしまうのです。<br />
<br />
待ち時間がたいへんな情況になっていましたが、絵巻の後半部分からはかなりゆったりと見ることが出来、二階はかなり余裕があります。<br />
<br />
いずれにしましても、絵巻を全巻、全体でみることができるのはあと一日。<br />
クライマックス場面と息抜き場面がありますので、そのあたり見るときの力の配分を案配しながらご観賞くださいませ。<br />
<br />
展覧会は、明日でおわりです。<br />
]]></description>
<category>展覧会について</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sat, 5 Nov 2011 16:28:57 +0900</pubDate>
<usrDate>11/05</usrDate>
</item><item>
<title>役割演技と感情移入　２</title>
<link></link>
<description><![CDATA[絵巻のような、画面をスクロールさせながら見ていく物語絵画の形態は、現代における何に近いか？<br />
<a href="http://www.yma-p.jp/emaki/experience01.html">（体験！松崎天神縁起絵巻）</a><br />
結論を言います。画面をスクロールさせてみていくといったら、<b>「ゲーム」</b>ですよ。<br />
絵巻という絵画媒体は、画面をスクロールさせながら展開していく、「ロールプレイング・ゲーム」(ファンタジー・アドベンチャー・ゲーム、アクション・シューティング・ゲームの類も含む)にもっとも近いのではないでしょうか。<br />
<br />
絵巻物は、横スクロールの「ロールプレイング・ゲーム」のようなものだと思うのです。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111028-emaki6.jpg" width="250" height="147" alt="絵巻　巻六　後半" title="絵巻　巻六　後半" /><br />
<br />
ロールプレイング・ゲームといっても、私は、ドラクエなどの本当のロールプレイング・ゲームは、やったことがありません。途中で挫折しましたが、「スーパーマリオ」のような、初期のファミコンの「アクション・ロールプレイング・ゲーム」の類しかやったことがありません。<br />
しかし、この横スクロールのゲームと、絵巻の物語展開というものは、実際、よく似ていると思うのです。<br />
<br />
まず、物語のシナリオがあり、それに基づくマップ（場面設定）があって、プレーヤーは、その物語の主人公となって、そのマップ上にいる、主人公のキャラクターを左右（上下）に動かしていきます。<br />
プレーヤーがキャラクターを動かすと、場面がスクロールして、少しづつ、次の場面があらわれてきます。その他のキャラクターは、マップとシナリオの設定に従って、プレーヤーがその場面に行くと、現れたり、攻撃してきたりします。そして、或る地点に行くと、隠しステージで場面が突然入れ替わったり、最後にボスキャラが登場して、ステージクリアし、次のステージに向かう。ステージの最初には、アニメの物語があらわれたりします。<br />
<br />
マップ上のキャラクターを動かしていき、画面をスクロールさせていくという、ゲームのやり方というのが、私は、絵巻の読み方と非常によく似ているように思うのです。<br />
<br />
前に紹介した【虫喰和歌】の場面<br />
<a href="http://www.yma-p.jp/blog/exhibition/item_43.html">ケンカ</a><br />
<a href="http://www.yma-p.jp/blog/item_124.html">大工の会話</a><br />
あえて、昔のファミコンみたいに、全部ひらがなでセリフを書いて、ロールプレイング・ゲーム中の会話みたいにしてみたのは、ブログでやりやすいというだけでなく、画面上をスクロールさせていき、あるポイントに達すると、そこでセリフがはじまるという、ゲーム的な感覚を出してみたかったのです。<br />
<br />
絵巻は、自分で広げては閉じ、広げては閉じ、という行為をしながら鑑賞していきます。画面がスクロールして現れてくる。何が出てくるかなという臨場感。広げてあらわれた場面にたどり着いたときに、自分でセリフを想像して登場人物たちにしゃべらせる。<br />
こうした、能動的な物語絵の鑑賞は、受動的に絵やセリフを読んだり聞いたりするマンガやアニメよりも、自分で、プレーさせて画面をスクロールさせていく、テレビゲームのほうが、はるかにちかいもののように思うのです。<br />
ついでに、記号化された形態、スヤリガスミとか、土坡や規則正しい海の波の表現など、あるいみ初期のファミコン・ゲームの記号化された画面にも通ずる部分がなきにしもあらず。<br />
だと思いませんか？<br />
<br />
そのように考えていくと、絵巻という、昔からある物語絵画の形式は、むしろ、ファミコンや携帯ゲーム機で育った若い世代の方が、とっつきやすいものという気がしてくるのです。<br />
（つづく）<br />
<br />
]]></description>
<category>その他</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sat, 5 Nov 2011 10:38:00 +0900</pubDate>
<usrDate>11/05</usrDate>
</item><item>
<title>天神コーナー</title>
<link></link>
<description><![CDATA[<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-45_tenjin.jpg" width="230" height="135" alt="さまざまな天神像１" title="さまざまな天神像１" /><br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-52_tenjin.jpg" width="230" height="133" alt="さまざまな天神像２" title="さまざまな天神像２" /><br />
会場一番最後のコーナーです。<br />
<br />
みなさん。ここまでのコーナーでお疲れになってしまわれるみたいで、軽くとばしてしまう方もいますが、このにも、重要な画像がたくさんあります。<br />
中でも重要なものが、<b>古熊神社の束帯天神像（重文）</b>です。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-45furukuma2.jpg" width="230" height="173" alt="古熊　キャプション" title="古熊　キャプション" /><br />
室町時代にさかのぼる天神画像として重要で、とても不思議な顔をしております。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-45furukuma1.jpg" width="200" height="150" alt="古熊神社天神像は、このむこうに" title="古熊神社天神像は、このむこうに" /><br />
会場最後のコーナーの中心柱のような展示ケースにおまつりしております。たいへん有難い画像です。しっかりとごらんください。<br />
（こちらの天神像は、神社では、御神体同様に神聖な御神宝につき、カタログ以外には掲載されません。）<br />
<br />
ここに展示されている天神さまの画像。みな、優しい顔のいかにも「学問の神さま」といった顔の天神さまだけではありません。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-52_54sanki.jpg" width="230" height="173" alt="三季天神" title="三季天神" /><br />
ここにある掛け軸のように、正面向きで恐ろしい形相の天神さまの画像もあります。<br />
天神さまは、雷神といった天変地異をつかさどる神さまでもあります。稲妻（稲の妻）は、農耕にかかわるもので、雷神としての天神さまは、農業の神さまでもあります。それは「学問の神さま」というより、「怒れる神」といった様相をしています。しかし、一般に「受験の神さま」として知られる天神さまが、「怒れる神」、あるいは「雷神」という側面を持っていることは、あまり知られていません。江戸時代には、浄瑠璃や歌舞伎となった「菅原伝授手習鑑」には、「菅丞相（菅公）」が雷神となって、時平（「じへい」とよむ）を倒すという物語がつくられており、そこで登場する菅丞相は、やはり異形の相をしています。それより前、松崎天神縁起絵巻などに伝えられる御霊神（怨霊）としての菅公の恐ろしさは、凄まじいものがありました。こうした恐ろしいイメージは、いつからなくなってしまったのでしょう。<br />
<br />
その謎をひもとくものが、ひとつ、防府天満宮の宝物にありました。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-55-1odenryaku.jpg" width="124" height="200" alt="天満宮御伝略図" title="天満宮御伝略図" /><br />
これは、幕末の防府天満宮の神官で国学者・歌人でもあった鈴木高鞆の編著による天神縁起です。そこに、こんな一節が記されていました。<br />
<img src="http://www.yma-p.jp/blog/media/3/20111104-55-2.jpg" width="300" height="308" alt="天満宮御伝略図・部分" title="天満宮御伝略図・部分" /><br />
この一節は、近代以降の天神信仰のあり方を暗示するものといえるでしょう。<br />
<br />
しかし、松崎天神縁起絵巻の内容や天満宮の歴史をふりかえると、天神さまは、かつては、鎮護護国、現世利益という、とても幅広い役割をもって人々に崇敬されてきた神さまで、「学問の神さま」だけではなかったということがわかるでしょう。<br />
ただし、「受験の神さま」←→「必勝祈願の神さま」←→「戦の神さま」という関連で言えば、やはり「怒れる神」、「雷神」としての天神は「学問の神さま」ともつながるともいえます。<br />
つまり、「必勝祈願の神さま」ということろに「怒れる神」としての天神さまの一端が、かいま見られるというところでしょうか。<br />
<br />
こうして、防府天満宮の文化財をいろいろと、ながめてみると、防府天満宮は、古代から現代に至る天神信仰の歴史を、きちんと伝えている天満宮なのだということが、よくわかります。<br />
<br />
くどいようですが、「日本三天神の一つ」「扶桑菅廟最初」と称しているだけのことはあるのです。<br />
]]></description>
<category>展覧会について</category>
<comments></comments>
<pubDate>Sat, 5 Nov 2011 08:17:00 +0900</pubDate>
<usrDate>11/05</usrDate>
</item>
  </channel>
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